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自分の意思を多数の相手に伝達する手段として、演説や討論という方法を日本に紹介したのは、福澤諭吉と初期の慶應義塾入門生でした。明治7年には三田演説会を組織して一般に公開することとし、また演説や討論の仕方を手ほどきした本や規則を発表して、その普及につとめました。慶應義塾はその伝統を脈々と受け継ぎ、原則として毎年春(5月~7月頃)・秋(10月~12月頃)の2回、日本最初の演説会堂である三田演説館において、三田演説会を開催しています。

次回の三田演説会は、2017年秋頃を予定しています。

お問い合わせ先
慶應義塾 総務部 総務担当
TEL:03-5427-1517
メールでのお問い合わせはこちらまで

過去の三田演説会一覧

過去の三田演説会の内容は、「三田評論」に掲載されています。
※「三田評論」のバックナンバーはこちら (各キャンパスの図書館にも所蔵しています)

2017/07/07
井田 良(慶應義塾大学 名誉教授・中央大学大学院法務研究科 教授)
「社会の変化と刑法の変化」

2016/12/15
国分 良成(防衛大学校長)
「防衛大学校と慶應義塾」

2016/07/27
山縣 裕一郎(東洋経済新報社 代表取締役社長)
「570年ぶりのメディア革命-『慶應Jスクール』のすゝめ」

2015/11/25
広瀬 信義(慶應義塾大学 医学部百寿総合研究センター 特別招聘教授)
「百寿者エピソードからみた健康長寿のヒント」

2015/07/03
小室 正紀(慶應義塾大学 名誉教授)
「福澤諭吉と資本主義-『実業論』以降の経済思想を中心として-」

2014/11/28
冨田 勝(慶應義塾大学先端生命科学研究所 所長)
「『唾液で癌診断』から『人工クモ糸まで』~慶應鶴岡キャンパスの挑戦~」

2014/06/24
若松 英輔(批評家、思想家、「三田文学」編集長)
「コトバの形而上学-詩人哲学者井筒俊彦の起源」

2013/12/09
大西 公平(慶應義塾大学理工学部教授)
「力を通信する新技術~実世界ハプティクスが拓く未来社会~」

2013/07/01
鹿内 德行(三田法曹会会長、弁護士)
「弁護士、その役割と職業倫理」

2012/12/11
比企 能樹(慶應義塾大学医学部三四会長)
「恕して『医』を行う -未だロウアウトならず-」

2012/07/06
槇 文彦(建築家、槇総合計画事務所代表)
「言語、風景、集い。日本の都市・建築の近代化の中であらわれた特性」

2011/11/30
鈴木 孝夫(慶應義塾大学名誉教授)
「日本の対外言語戦略について-言語力こそ日本を守る『武器』だ-」

2011/07/13
山崎 元(慶應義塾大学名誉教授)
「慶應義塾のスポーツ医学-社会を先導する役割-」

2010/12/03
土屋 賢二(お茶の水女子大学名誉教授)
「一面的なものの考え方が不幸を招く」

2010/07/05
速水 融(慶應義塾大学名誉教授)
「歴史人口学-出逢い、史料、観察結果、課題」

2009/07/24
犬丸 治(演劇評論家・塾員)
「演劇人・高橋誠一郎 -観客として・先導者として-」

2008/11/26
佐高 信(評論家・塾員)
「平熱の思想家、福澤諭吉」

2008/07/04
和気 洋子(慶應義塾大学商学部教授)
「地球環境からのメッセージ -成長の限界から成長の源泉へ-」

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