12月20日(火)、三田演説館にて慶應義塾の伝統行事である三田演説会が開催されました。第711回の今回は、「近代日本の翻訳文化と福澤諭吉」というテーマで、アルベルト・ミヤンマルティン経済学部准教授 兼 福澤研究センター所員が講演を行いました。
『学問のすゝめ』初編刊行から150年を記念した本講演は、福澤が「演説」と訳した「スピイチ(speech)」について書かれた『学問のすゝめ』第12編の引用から始まりました。また、自分が思ったことを人に伝えるためには言葉が有力であり、その言葉はなるべくわかりやすいものであるべきと説いた第17編にも触れ、福澤諭吉が翻訳にあたり重要な、自国の言葉を深く理解し巧みに扱う能力に長けていたことを紹介しました。とりわけ米国の独立宣言を意訳したものともいわれる初編冒頭の「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」は、日本人になじみのない「Creator」の訳語に「天」をあてる等の工夫により、極めて優れた名言として現代にも通用するものになっていると述べました。
続いて、4世紀から始まるとされる日本の通訳、翻訳の歴史を辿り、幕末から明治初期に翻訳文化が劇的に発達したこと、それを先導していたのが福澤とその門下生だったことについて語りました。中でも阿部泰蔵がフランシス・ウェーランドの『モラル・サイエンス』を訳した『修身論』は、明治期に小学校の教科書として使われましたが、江戸時代の仮名草子を参考に翻案、つまり意訳の形を採用し、「God」を「天」、「Devil」を「鬼」、「Bible」を「古い本」など、日本の子どもたちがイメージしやすい言葉が使われたことを紹介しました。さらに、外国文学が時代とともに新たな解釈を加えて何度も再翻訳されるといった日本独特の翻訳文化に触れ、最後に、福澤諭吉の、あらゆる身分の人が理解できる言葉を使って西洋文明を紹介し世俗を文明に導いてきた功績を語り、会を締めくくりました。
参加者は、随所にわかりやすい例えや笑いが散りばめられた講演に熱心に耳を傾け、会の終了後も講演者と参加者の間で和やかに質疑応答が交わされる様子がみられました。
本講演録は慶應義塾機関誌『三田評論』4月号に掲載予定です。