慶應義塾大学医学部内科学教室(循環器)の市原元気助教(研究当時)、佐野元昭准教授、同スポーツ医学総合センターの勝俣良紀専任講師と、京都大学大学院医学研究科の杉浦悠毅特定准教授の共同研究チームは、心筋梗塞の“代謝変化”に注目した新しい治療アプローチを発見しました。心筋梗塞は、心臓の筋肉への血流が遮断される疾患で、治療後も心筋の障害は進行しやすいのが現状です。疾病の進行は極めて早いため、これまでは病態が進行した“後”で行われる研究が主なものでした。今回、研究チームは生きた疾患モデルマウスを用いて、心筋の虚血再灌流障害が段階的に進む過程を、新技術「代謝分子を用いたモニタリング手法」で詳細に観察しました。この新手法の活用により、心筋梗塞が引き起こす有害な活性酸素の除去機能が徐々に低下するメカニズムを特定しました。そして、この知見を応用して、活性酸素の除去を強化する代謝経路に介入することで、虚血再灌流障害後の心筋のダメージを減少させることができることを確認しました。
心筋梗塞(虚血性心疾患)は多くの人々の死因となっており、治療(再灌流療法)をしたとしても、心筋の壊死や心不全のリスクが高いことが知られています。特に、再灌流直後に発生する活性酸素種の発生が問題とされてきましたが、治療法の開発は難航していました。今回の研究では、細胞膜の「活性酸素による脂質の酸化」に焦点を当てました。細胞膜の脂質が過剰に酸化されると、膜としての構造を保てなくなり細胞全体が死に至ってしまうことも知られています。この形態の細胞死をフェロトーシスと言います。心臓の虚血再灌流障害では、酸化脂質の蓄積およびフェロトーシスが虚血再灌流後の比較的遅いタイミング(再灌流後6時間以降)で始まること、その原因として虚血・再灌流時にグルタチオンという強力な還元物質が、特殊なトランスポーター(主にMRP1:multidrug resistance protein 1)を介して細胞の外に漏れ出てしまうことを解明しました。今回の研究において、最先端の代謝解析技術を用いて心筋の虚血再灌流障害の詳細な解析を行いました。その結果、心筋細胞内での活性酸素および酸化脂質の増加を制御し、フェロトーシスという細胞死の進行を抑える新しい治療ターゲットを特定することができました。この新たな治療法は、心筋梗塞患者の生命を救い、生活の質の向上や病態からの回復をサポートする重要な選択肢として期待されます。
この研究結果は2023年10月11日(米国時間)に Circulation Research誌で公開されました。