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慶應義塾の一貫教育〈同一の中の多様〉

慶應義塾一貫教育校の自然教育

(2024年9月掲載)

幼稚舎理科園の豊かな自然

須黒達巳さん

幼稚舎教諭(理科)

慶應義塾幼稚舎の「理科園」は、都心部に設置されている学校のビオトープとしては非常にクオリティが高く、実に多様な生きものが生息しています。多くの生きものは、その生涯を一つの環境で完結させるのではなく、水辺と草地のように複数の環境を行き来しながら生きています。そのため、多様な生きものが生息するには、林、草地、水辺、畑など多様な環境の要素を用意し、かつそれらの中間的な場所である「エコトーン」と呼ばれるエリアを意識することが大切です。池と草地なら、その間がコンクリートで完全に隔てられているのではなく、間にズブズブした干潟のような水際がある状態が望ましいです。理科園は、こうした構成が本校の清水研助先生によってかなり計画的に造られていて、面積の割に多様な生きものが生息しているのです。

「理科園」の様子 「理科園」の様子

私は今、幼稚舎に赴任して9年目になりますが、その間ずっと昆虫・クモの調査を続けています。都心部のビオトープといえど、調べ始めると驚くべき数の虫がいて、現在、手元のリストでは約1100種にものぼり、まだまだその数は伸び続けています。中には環境省や東京都が絶滅危惧種に選定しているものもいて、都心部では生息が限られているものが、すみかとして理科園を利用していることもわかりました。例えばトンボ類では、ヨツボシトンボ、ベニイトトンボ、キイトトンボ。また、コオイムシというカメムシ目の水生昆虫にも驚きました。この虫は東京の区のエリアだと絶滅寸前のもので、シーズンオフのプールで発見されています。コガネグモという、東京では多摩地域の田んぼの脇などにいる、都心部には非常に少ないクモが現れたこともあります。

私は理科園での生きもの探しの授業として、「季節の花の指名手配」と言って6~10種類くらいの花を探して摘みに行かせる活動をしています。皆、競わせると一生懸命探します。実物を見つけ出すという経験が興味の底上げをしているという感覚があります。普段の家庭の生活にはなく、こうした活動をする前は、個々の花は「景色」として処理され、自分の認識の中に入ってきません。最初は花に興味がなくとも、いざ始めると、他の班に勝ちたい気持ちからも「探さなきゃ」という感じになり、ほとんどの子は熱中しているように思います。

この指名手配の授業では、「指名手配リスト」に含まれていなくても、虫や草など、何か持ってきたら、これはこういう名前だよと教えて得点をあげるようにしています。これは昨年度末に退職された相場博明先生の方針に倣っています。児童は虫を持ってくる時、「レア度」ばかり気にしがちですが、それは「珍しさ」が誰にでもわかる尺度で、賞賛の対象になるからです。珍しくないと判明すると、見向きもしなくなることも多いため、私はあまり「レア度」を伝えないようにしています。ただし、時に本当に珍しい虫を児童が採ってくることもあって、そんな時は思わず「それはすごいやつだよ」と言ってしまいます。もちろん児童はとても喜びますね。全然虫に触れられなかった子が結構平気になる、ということもよくあります。また、もともと虫が好きだった子でも、クワガタムシ、カブトムシ、カマキリ、チョウ、トンボくらいにしか興味がないことが多いのですが、私が小さいハエなどの名前を教えてあげると、目を向けてくれるようになります。

「理科園」での授業 「理科園」での授業

理科園は、環境の問題に興味が広がるきっかけにもなっています。例えば、持続可能性は現在の社会の大きなテーマの一つです。理科園での生きもの探しで植物を採集する時、株ごと抜くのでなければ、基本的に何を摘んでもオーケーにしています。幼稚舎の児童が採る数のレベルであれば、それでなくなってしまうことはないくらい良好な環境なのです。ただ、どうやったらその植物がなくならず、ずっと採り続けることができるかは考える機会として与えています。理科園には夏みかん、栗、柿などの果樹もあり、自由に採っていいけれど、自分たち以外にも採りたい人がいるんだから、その人たちの分がなくならないようにしなければいけないよ、と緩いルールを設けています。これは持続可能性の原点だと思っています。

また、外来種の問題を実感することもできます。近年、外来種のマメグンバイナズナという草が大変多くなってしまい、放っておくと、在来種の草と入れ替わってしまう危険が出てきています。これを片端から児童に抜いてもらうと、「こんなにたくさん生えているんだ」ということが実感できます。また、その半年後に見てみると以前とまったく同じように生えていて、これが簡単には駆逐できない、とても強い植物なんだということが実感としてわかると思うのです。こうした強壮な外来種は、一定期間、徹底的に駆除し続けることが必要です。

こうして、いろいろな形で自然に興味をもつことで、児童の視野が広がってきているように感じますし、生きものだけでなく、他の分野への観察力も育っているのではないかと期待しています。いろいろなことに気付くことができる観察力は、どの分野でも必要になることだと思っています。幼稚舎の卒業生は将来、社会のリーダーになるわけなので、児童たちが大人になり、何かの意志決定をしなければならない時、目の前の利益を確保するだけでなく、生物資源や環境という長い目で見て大事なことを考えることで、社会のありようが変わるのではないかと考えています。幼稚舎の児童たちが持続可能性の意識を持って成長するために、私の仕事も責任重大だと思っています。

責任という点では学術面での貢献も重要です。私は理科園に生息する昆虫・クモのリストを発表していますが、都心で継続して密度の高い調査を行っている所は案外ありません。そこで、外部の研究者からの理科園での調査の依頼があれば、協力するようにしています。

児童たちや私自身のさまざまな活動のために、理科園が、日常的に気軽に行ける場所であることはとてもありがたいことです。今、生き物を採ることは、多くの公園や施設では自由なことではなくなっています。理科園では基本的にどんな植物を採っても、どんな虫を捕まえても怒られない。こんな場所が学校の中にあるのは、とても恵まれたことだと思います。

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