慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄之教授、渡部博貴特任講師、および同大学院医学研究科博士課程の村上玲博士課程大学院生らを中心とする研究グループは、ヒトiPS細胞由来のアストロサイトを用いて、アルツハイマー病に罹りやすい感受性遺伝子を有するアストロサイトから神経毒性を持つタンパク質が分泌され、神経細胞間のシナプスが障害されることを発見しました。
アルツハイマー病に罹りやすい感受性遺伝子として、アポリポタンパク質E(APOE)遺伝子の4型(APOE4)があり、日本人ではその遺伝子型頻度が約10%と推定されています。この感受性遺伝子型(APOE4)を持っている人では、持っていない人に比べ、3.5倍以上、アルツハイマー病に罹りやすいことが知られています。また、初期のアルツハイマー病患者脳内では、神経細胞間のシナプスが消失していることが知られており、病気の進行に関与していると考えられています。本研究グループは、ゲノム編集技術を用いて、APOE4を持つヒトのアストロサイトを作出し、神経細胞への影響を検討した結果、APOE4アストロサイトは神経細胞間のシナプスを障害させることを明らかにしました。APOE4アストロサイトで発現変化している遺伝子を解析したところ、神経毒性を持つタンパク質が分泌されていることが示されました。さらに、特異的な免疫細胞染色によって、APOE4を持つアルツハイマー病患者の脳内にはこの分泌タンパク質が蓄積していることがわかりました。これらのことから、APOE4アストロサイトが神経細胞へ悪い影響を及ぼす分子機構が明らかになりました。
今回の研究成果は、ヒトiPS細胞由来神経細胞モデルを用いてアルツハイマー病の感受性遺伝子の作用機序を示すことに成功したものであり、APOE4を持つ患者のテーラーメイド創薬が期待されます。
本研究成果は、国際幹細胞学会(ISSCR)公式ジャーナルであるStem Cell Reportsオンライン版で2023年8月31日(米国東部時間)に公開されました。