慶應義塾大学、協同乳業株式会社を中心とする研究グループは、腸内細菌由来のポリアミンが腸上皮細胞やマクロファージに作用して、大腸粘膜の健全性の維持に重要な役割を担うことを明らかにしました。これは慶應義塾大学薬学部の長谷耕二(はせ こうじ)教授、協同乳業株式会社の中村篤央研究員(慶應義塾大学薬学部 共同研究員)・松本光晴主幹研究員を中心とする研究グループの成果です。
ポリアミン(プトレッシン、スペルミジン、スペルミン)は、全生物の細胞内に普遍的に存在し、細胞増殖や機能の維持に必須の成分です。腸内細菌叢は重要なポリアミンの供給源の一つと推測されています。松本主幹研究員らは、これまでに腸管内腔のポリアミン濃度が高いほどマウスの寿命が延伸することを報告してきました。一方で、腸内細菌叢由来のポリアミンが実際にどの程度体内に取り込まれており、どのような生理作用を担っているのかについては詳しく分かっていませんでした。
本研究では、プトレッシンを産生する野生型大腸菌(プトレッシン産生菌)とプトレッシン合成系遺伝子を破壊した非産生大腸菌(非産生菌)をそれぞれ単独定着させたノトバイオートマウスを作製し、腸内細菌由来プトレッシンの影響を評価しました。その結果、プトレッシン産生菌が定着したマウスでのみ、大腸上皮細胞の増殖促進と大腸粘膜組織の抗炎症性マクロファージの分化誘導が認められました。また、外因性のプトレッシンがこれらの細胞内に取り込まれスペルミジンへ変換されることや、上記の効果が、このスペルミジンの関与する真核生物翻訳伸長因子eIF5Aのハイプシン化を介して生じることが明らかになりました。さらに、これらのノトバイオートマウスに薬剤で大腸炎を誘発させた結果、プトレッシン産生菌定着マウスは非産生菌定着マウスと比較し、腸炎病態スコアの緩和および生存率の上昇が認められました。
以上より、腸内細菌叢の代謝産物であるプトレッシンは、生体に移行し細胞内でスペルミジンへと変換され、スペルミジンのeIF5Aを介した作用により大腸粘膜層の健全化に寄与することが証明されました。また、これは腸内細菌叢と宿主の両者が関与する『共生代謝(symbiotic metabolism)』による生理活性物質産生という概念の初めての提示となります。
本研究成果は、2021年4月8日に国際学術誌『Nature Communications』(電子版)に掲載されました。