米国チルドレンズ・ナショナル病院の鳥居正昭准教授、橋本(鳥居)和枝准教授、米国イェール大学のパスコ・ラキッチ教授、慶應義塾大学医学部生理学教室の石井聖二特任講師、岡野栄之教授らのグループは、一次繊毛欠損マウスを用いて、細胞に生えた「毛」のように見える一次繊毛が環境ストレスから新生児の大脳皮質を保護する役割があること、またその詳細なメカニズムを解明しました。
われわれは、人体への健康の影響が懸念される化学物質などの環境汚染物質や、感染症を引き起こすウイルスや細菌など、さまざまな危険にさらされて生きています。このような生物にとって好ましくない外的要因を「環境ストレス」と呼びます。生後早い時期の、経験に応じて神経ネットワークが柔軟に変化する時期である「臨界期」では、さまざまな環境ストレスに対して大脳皮質の耐性が低下する期間が存在します。そこで、研究チームは、その期間で特に伸長する一次繊毛に着目しました。
まず、研究チームは、大脳皮質でのみ一次繊毛を欠損するマウスを作製し、臨界期中に環境ストレスを与えたところ、斑点状の活性型カスパーゼ3が、特に大脳皮質の第5層の神経細胞に多数検出されることがわかりました。そこで、研究チームは、環境ストレスを与えた一次繊毛欠損マウスの大脳皮質の第5層神経細胞を詳細に調べたところ、神経細胞数は減少していない一方、樹状突起の長さや分岐数が減少し、変性が見られることを明らかにしました。次に、研究チームは、一次繊毛に依存して活性化される、環境ストレス応答性の細胞内シグナル伝達経路の探索を行い、活性型インスリン様成長因子1 受容体が大脳皮質の神経細胞の一次繊毛膜上に集積し、PI3K/Aktシグナル伝達経路が活性化されていることを発見しました。さらに、Aktタンパク質を活性化する薬剤をアルコールと同時に一次繊毛欠損マウスに投与すると、大脳皮質の樹状突起の変性を回復できることを発見しました。以上から、臨界期以降の大脳皮質の神経細胞は、一次繊毛を起点とした環境ストレスへの耐性機構を獲得していることが考えられます。
本研究成果は、学術科学雑誌『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America』の2021年1月5日号(米国東部時間EST)に掲載されました。