-通訳をする際に心がけているポイントやこだわりを教えてください。
橋本:私が目指している通訳のスタイルは、ひとことで言えば「当意即妙」です。これには3つのポイントがあって、まずは「正確性」。これは当然のことですね。次に「スピード」。通訳者の言いよどみや回りくどい話し方のせいで皆様の時間を無駄にすることがないよう、テンポ良く言葉を繰り出します。3つ目は、私が最もこだわっている「表現力」です。ただ日本語を英語に置き換えるだけなら機械が十分こなせる時代になりました。それでもわざわざ人間を雇って通訳を入れる理由はどこにあるのかを常に考えています。会議の目的が果たされ、ビジネスが成功することが最も重要ですから、通訳者として「次はどうすべきか、何を言うべきか」の判断を下しながら話しています。そうすると、話し手が言い間違ったときは訳文の中で補正をしたり、行間を読んで足りない言葉を補ったり、時には大胆に別の表現を使って工夫をしたりと、いろいろな手法を使うことになります。“It's not just what you say, but also how you say it” つまり、何を伝えるかだけでなく、どのようにそれを伝えるかが大切なんですよね。
-“how”の部分へのこだわりは、どこに表れていますか?
橋本:これはもうニュアンスの世界ですので、こだわりはじめたらキリがないです。言葉の選び方、間の取り方、心地よい音量、声のトーン、滑舌、ペース、抑揚、明るい調子かシリアスかといったテンションの調整、服装のチョイスまで……。ボディランゲージなどの非言語の部分も計算して、身体の動きを意識的にコントロールすることもあります。
-頭の中で実にたくさんのことを同時に考えているのですね。
橋本:そうですね。「通訳とは、A言語で聞いた話をB言語で伝える作業です」と言ってしまえば単純な作業に聞こえるのですが、実際のところ、通訳者本人は聞きながら話したりしていますので、かなりのマルチタスクになります。つまり、注意力が100あるとすると「聞く」に30、「メモを取り、それを読む」に20、「訳を考える」に20、「話す」に20、「聞き手の反応を確かめる」に10、といった配分で振り分けて、並行処理しているのです。頭の中はこのような状態ですので、それなりに情報処理のパワーが要るというか……少なくとも一気にアドレナリンが出ていることは確かです。
-自動翻訳など、テクノロジーの進化とともに通訳のあり方も変わってきたと思います。
橋本:以前、レイ・カーツワイル博士の通訳を務めた際、「AIに仕事を奪われることを恐れなくていい。機械にできることは機械に任せて、人間はクリエイティブなことをする時間が増える。シンギュラリティによって生活が豊かになる」と伺いましたが、その通りだと思います。私は日本語と英語しかできませんが、AIは多言語をこなします。AIが通訳者を超えたその先に生き残る余地があるのか、あるとすればどのような形なのか。そうしたことを考えるたびに、唯一対抗できるポイントは「表現力」にあると気づかされます。人間ならではの創意工夫を、通訳という仕事の中でも追求していきたいと思うのです。
それに、20世紀と21世紀では通訳者の置かれる環境もずいぶん変わりました。昔は英語が話せるだけで特別な存在になれたのかもしれません。しかし、今や外国語を話せる日本人はたくさんいるわけで、大多数がバイリンガルの方々に囲まれながら通訳を入れる場面も増えました。通訳のクオリティに対する期待値は高まる一方ですが、だからこそやりがいがあると感じています。
-そうした橋本さんの「表現力」へのこだわりが、多くの顧客から支持されています。
橋本:うまくいかないときもありますが、自分自身に対して設定している及第点としては、「また橋本さんにお願いしたい」とリピートして頂けるレベルです。決して低いハードルではないのですが、ご指名を頂いたり、他のお客様をご紹介して頂いたりと、お客様に支えられています。忙しさの中でも技術を磨き続ける真面目さは、常に持っていたいと思います。
最近、通訳の音声や動画がインターネットに上げられる案件が増えましたが、そのときは必ず出来をチェックしています。悲しいことに、自分の通訳というのは本当に聞き苦しいものですね。あとから聞けば、いくらでも改善点は見つかるのです。「あぁ、もっとこう言えばよかった」と悔やみますが、そのときの自分のキャパシティを考えるとこれが精一杯だったのだと思い知ったり。そんなジレンマに苛まれながら、ひとり反省会をしています。