細胞はサイトカインというタンパク質を分泌して、他の細胞にさまざまな信号(シグナル)を送り、コミュニケーションしています。潰瘍性大腸炎では炎症が広がっていきますが、このときには炎症を促すように働く炎症性サイトカインがたくさん分泌されています。
佐藤教授によれば、このような炎症性サイトカインが多い状態は、正常な大腸上皮細胞にとっては元来非常に住みにくい環境であるそうです。
「正常な大腸の上皮細胞は、通常は炎症性サイトカインにさらされていなく、逆にさらされれば死んでしまいます。しかし潰瘍性大腸炎の炎症部分にある上皮細胞では、『炎症を促進しろ!』というメッセージを出す炎症性サイトカインの一種であるインターロイキン17(IL-17)だけに反応しないような遺伝子変異が積み重なっていることが分かりました。私たちの幹細胞には年齢とともに遺伝子変異が積み重なっていきますが、通常、その変異はあくまでランダムなもので、バラエティーに富んでいます。しかし潰瘍性大腸炎の腸を見てみると、特定の遺伝子が変異した細胞だらけだったのです。このことから、潰瘍性大腸炎になると、炎症環境に弱い正常細胞が減少していき、炎症に耐えられるよう変異した細胞が増えていく―上皮細胞が徐々にIL-17をブロックする遺伝子変異を持った細胞に塗り替えられていくという可能性が考えられました」
しかし、この変異の蓄積は直接がん化に結びつくものではないそうです。
「私たちのような研究医にとって、医学研究の醍醐味は、病気がなぜ、どのように起こっているのかを解明することにあります。大腸の上皮細胞自体は炎症性シグナルに強くなっていっても、そうした炎症性シグナルに反応しないままシグナルが飛び交う環境が長年続くと、腸全体の炎症は悪化してしまうのかもしれません。今後さらなる研究を続け、いずれ全容が明らかにできればと思います」
潰瘍性大腸炎は大腸がんに進行しやすいことが知られていますが、今回発見された遺伝子変異の蓄積は、腸全体の炎症にとって良い影響をもたらすのでしょうか。それとも、悪影響となるのでしょうか。また、ここからどのようにしてがんへの変化が生じるのでしょう。佐藤教授のオルガノイド技術が可能とした新しい発見は、次々とさらなる新しい問いへとつながり、疾患の成り立ちに迫る研究を世界中で生み出しています。これまで全く原因の分からなかった難病研究に、いま新しいドアが開かれ始めています。