慶應義塾大学医学部医化学教室の佐藤俊朗教授、藤井正幸准教授らの研究チームは、今回、悪性度の高い膵がん患者から臓器のミニチュアである膵がん「オルガノイド」の樹立に成功し、Wntと呼ばれる増殖シグナルがなくても増殖できることを見出しました。これらの膵がんは、低酸素環境などの腫瘍環境によってエピゲノムが変化し、「腺扁平上皮がん」と呼ばれる病理像を示す組織へと悪性変化することを解明しました。
本研究チームは、さまざまな病期の膵がん患者組織から、オルガノイドを樹立し、総計65例からなるライブラリーを作成しました。このライブラリーの解析から、ほとんどの膵がんでは増殖因子であるWnt/R-spondinによるシグナルの活性化を必要とする中、少数の膵がんオルガノイドではWnt/R-spondinがなくても増殖できることを見出しました。Wnt/R-spondinに依存する膵がんオルガノイドは、一般的な膵がんの組織型である腺がんの病理組織構造を示します。一方、Wnt/R-spondinに依存しない膵がんは、多層に積み重なる充実構造の形態、そして、本来発現しない扁平上皮細胞マーカーの発現を示しました。また、ヒストン脱メチル化酵素であるKDM6Aの遺伝子変異あるいは低酸素環境による活性低下は、このような組織構造の変化や増殖因子に依存しない増殖を促し、悪性転化の原因になることも突き止めました。さらに研究チームは、ヒストンメチル化を抑制するEZH2阻害剤が、悪性度の高い膵がんの治療薬として有望であることを実証しました。死亡率が高く、依然として増加傾向にある膵がんの新たな治療法の確立が期待できます。
本研究成果の詳細は、2024年9月4日(英国時間)に英科学誌
Nature Cell Biology電子版に掲載されました。