慶應義塾大学再生医療リサーチセンターの岡野 栄之 センター長/教授(研究当時:慶應義塾大学医学部生理学教室・教授)、森本 悟 副センター長/特任准教授(研究当時:慶應義塾大学医学部生理学教室・専任講師)、慶應義塾大学医学部5年生の加藤 玖里純、ならびに大阪大学大学院医学系研究科遺伝統計学の岡田随象教授(理化学研究所生命医科学研究センターシステム遺伝学チーム・チームリーダー、東京大学大学院医学系研究科遺伝情報学・教授)らの共同研究グループは、孤発性筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者より作成した人工多能性幹細胞(iPSC)由来下位運動ニューロン(LMN; iPSC-LMN)の病態表現型ならびにALS治療候補薬であるロピニロール塩酸塩(ロピニロール)への反応性と、遺伝的背景の定量的指標である多遺伝子リスクスコア(polygenic risk score; PRS)を用いた統合解析を行い、血中総コレステロールが孤発性ALS患者iPSC-LMNの神経突起長病態ならびにロピニロール反応性に関与する遺伝的形質であることを見出しました。
血中総コレステロールのPRSが高い、すなわち血中総コレステロールが高くなる遺伝的背景を持っているほど、iPSC-LMNの神経突起が脆弱で、ロピニロール処置による神経突起の改善度が大きいことが分かりました。この結果は、ロピニロール処置によってiPSC-LMNにおけるコレステロール合成酵素群の発現が抑制されるとの我々の研究結果と矛盾しない結果でした(Morimoto, et al. Cell Stem Cell. 2023)。また公開データを用いた解析によって、血中総コレステロールの8割が合成される肝臓と、LMNが位置する脊髄において、コレステロール合成に関与する酵素群の遺伝子発現変化を生じる遺伝子変異(expression quantitative trait loci; eQTLs)の効果量が高度に一致していることが分かりました。さらに、健常者由来腰髄単一細胞遺伝子発現(scRNA-seq)解析により、LMNでは、他の種類のニューロンやアストロサイトと比べてコレステロール合成に関与する酵素群遺伝子の発現が高く、コレステロール合成が活発であることが示唆されました。
以上より、孤発性ALS患者のLMNでは、遺伝的素因により生理的に活発なコレステロール合成が亢進しており、それを抑制することがロピニロールの治療メカニズムの一つである可能性を見出しました。この研究成果は、孤発性ALSの疾患理解だけでなく、治療戦略開発においても重要な知見であると考えます。本研究成果は、2024年9月4日に、BMJグループのJournal of Neurology, Neurosurgery, and Psychiatry 誌に掲載されました。