慶應義塾大学医学部内科学教室(循環器)の遠山周吾専任講師および小林英司客員教授、医学部・医学研究科心臓病未来治療学共同研究講座の谷英典特任助教らの研究グループは、株式会社ニッピとの共同研究により、ブタの心臓から抽出したコラーゲンを用いることにより、成熟したヒト人工心筋組織を作製することに成功しました。
ヒト人工多能性幹 (iPS)細胞は、理論的に体を構成する全ての細胞種へと分化できる多能性を持つことから心筋細胞への分化が可能です。そのため、従来リソースが限られる心筋細胞を大量に作製したり、遺伝性などの患者の特性を有する心筋細胞を培養皿上で作製したりすることで疾患の研究や創薬研究に応用することが期待されています。しかし、培養皿上で作製したヒトiPS細胞由来の心筋細胞は胎児期相当の未熟な細胞であり、こうした研究に用いる上での細胞の成熟化の再現性が不十分であることは大きな課題になっています。
今回、共同研究グループは、細胞外基質の中でも最も重要な構成成分である線維性コラーゲンの臓器ごとの違いに着目しました。その結果、ヒト人工心筋組織を作製するにあたってブタの6臓器から抽出した各コラーゲン(心臓、脾臓、腎臓、肝臓、肺、皮膚)を添加した場合に、心臓コラーゲンを用いたヒト人工心筋組織が最も形状が安定し、構造的にも機能的にも成熟化が進むことを確認しました。その違いが生まれる原因としてコラーゲンの組成の違いがあり、Ⅰ型以外に、Ⅲ型及びⅤ型コラーゲンの含有率が高いことが、常に収縮弛緩を継続するヒト心筋組織の形状の維持にも組織の成熟化にも重要であることを見出しました。この研究成果は、今後創薬や疾患モデルの研究においてより有用な成果を生むことが期待できるとともに、臓器特異的な細胞外基質がその臓器を構成する細胞の成熟に関わるという新たな知見を生み出したものと考えます。
本研究成果は2023年5月29日(米国東部時間)に、国際学術誌 Biomaterials に掲載されました。