東京歯科大学の鈴木昌教授(慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート特任教授)と慶應義塾大学医学部救急医学教室の本間康一郎専任講師、同内科学教室(循環器)の佐野元昭准教授らは、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート水素ガス治療開発センターの活動のなかで、国内15施設が参加した多施設共同二重盲検無作為化比較試験を行い、病院外で心停止になり心肺蘇生で心臓の拍動は回復したものの意識が回復しない状態で2%水素添加酸素吸入(水素吸入療法)を行うと、死亡率が下がり、意識が回復して後遺症を残さずに社会復帰する可能性を高めることを示しました。
心臓のトラブルなどで突然、心停止に陥った場合、ただちに心肺蘇生を行えば心臓の拍動が回復して救命されることは少なくありません。しかし、脳をはじめとした全身の臓器は心臓が停止して血液が巡らなかったために、大きなダメージを受けます。そのため、意識が回復しないまま死亡したり、重い後遺症が残ったりするのが実情です。現在は体温管理療法が行われますが、その効果はいまだ定まっていません。
本研究グループは、動物実験で心停止後に水素ガス吸入を行うと死亡率が下がり、脳の傷害が軽減することを報告してきました。しかし、人にその効果があるかどうかはこれまで証明されていませんでした。そこで今回、二重盲検無作為化比較試験という最も信頼できる研究方法で、院外発生の心停止患者に体温管理療法に加え2%水素添加酸素の吸入を行って、死亡率や神経学的後遺症が改善するか否かを検討しました。
おりからの新型コロナウイルス感染症のため、救急医療はひっ迫し、やむを得ず研究は早期に終了しましたので、目標症例数には到達せずに水素吸入療法が有効か否かをはっきりと示すには至りませんでしたが、驚くべきことに、90日後の生存率は、従来の治療で61%なのに対し、水素吸入療法により85%に上昇、また、後遺症なく回復した人の割合も21%から46%に上昇することが統計学的に確かめられました。水素は人体に害がないとされており、この臨床試験でも水素が原因と考えられるような副作用は観察されませんでした。実用化すれば多くの患者を救命できると考えられます。
この研究結果は2023年3月17日(日本時間)に eClinical Medicine 誌で公開されました。