慶應義塾大学の研究グループは、腸内細菌が人工甘味料の摂取によって引き起こされる下痢を抑制することを明らかにしました。本研究は慶應義塾大学薬学研究科修士課程の服部航也(はっとり こうや)(研究当時)、同薬学部の秋山雅博(あきやま まさひろ)特任講師、金倫基(きむ ゆんぎ)教授の研究グループの成果です。
ソルビトールやマンニトールなどの糖アルコールは、低カロリーの人工甘味料として飴、ガム、飲料などに幅広く使用されています。しかし、糖アルコールの過剰摂取は、一部の人に対して軟便や、体重減少を伴う重度の下痢を引き起こすことが知られています。糖アルコール誘発性の軟便や下痢については、起こりやすさに個人差がありますが、その原因は不明なままです。
本研究では、腸内細菌の全くいない無菌マウスや、抗生剤で腸内細菌叢を撹乱させたマウスを使用することにより、腸内細菌が糖アルコール誘発性の下痢を防ぐ重要な因子であることを見出しました。また、糖アルコール誘発性の下痢を発症しないマウスではEnterobacteriales目またはClostridiales目細菌群が腸内に多いことや、糖アルコールの投与により、腸内でEnterobacteriales目細菌群が増加することが分かりました。そこで、Enterobacteriales目細菌群の中で、糖アルコール誘発性の下痢を抑制する腸内細菌を探索したところ、糖アルコールを栄養源として利用できるEscherichia coli(E. coli;大腸菌)に、糖アルコール誘発性の下痢を抑制する効果があることを発見しました。実際に、遺伝子を変異させることにより、糖アルコールを栄養源として利用できなくした大腸菌は、糖アルコール誘発性の下痢を抑制できませんでした。
以上のことから、糖アルコール誘発性の下痢の発症は、糖アルコール消費能を持つ大腸菌などの腸内細菌により予防できることが明らかとなりました。
現在、人工甘味料を含む加工食品がちまたに溢れています。人工甘味料の多くは消化管で消化・吸収されにくいため、大腸まで届きやすく、その結果、腸内環境にマイナスの影響を与える可能性が指摘されています。本研究では、腸内に共生している大腸菌が人工甘味料によって誘発される腸への有害作用に対して、保護的な役割を果たしていることが新たに分かりました。大腸菌の中には感染症を引き起こすものや、炎症性疾患と関連するものなどもいることから、いわゆる「悪玉菌」としてのイメージが強いのですが、多くの大腸菌は病原性を持たず、食物の消化を助けたり、有害な微生物から宿主を守ったりする働きを担っていることも知られており、プロバイオティクスとして使用されている大腸菌株も存在します。今後、人工甘味料による有害作用(下痢など)を抑制する大腸菌など、新たなプロバイオティクスの実用化が期待されます。
本研究成果は、2021年6月12日に国際学術誌『Nutrients』(電子版)に掲載されました。