慶應義塾大学医学部生理学教室の加瀬義高助教と岡野栄之教授は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)により引き起こされる中枢神経系障害の病原性制御因子としてCCN1(Cyr61)という分子が関与している可能性を見出しました。
COVID-19は肺炎だけでなく中枢神経系障害も引き起こすことがありますが、それを引き起こすメカニズムについてはよくわかっていませんでした。本研究では、まずデータベース解析を行い、COVID-19により引き起こされた脳症の病巣ではSARS-CoV-2の受容体であるACE2とCCN1の発現量が高いことをつきとめました。これまで脳脊髄液でのみSARS-CoV-2が検出されているCOVID-19による髄膜炎の症例が報告されていましたが、既存の中枢神経系のデータベース解析の結果、この症例に関わる脳脊髄液を産生する脈絡叢でもACE2とCCN1の発現量が高いことがわかりました。また、既に報告されたCOVID-19研究の再解析により、脳以外の細胞・組織ではSARS-CoV-2感染後にCCN1の発現が上昇していることがわかりました。これらのことから、ACE2とCCN1がSARS-CoV-2の病原性に関与している可能性があると考えられました。
また、ヒトiPS細胞から分化誘導した神経幹細胞/前駆細胞およびニューロンにおいて、初めて一細胞レベルの解像度でACE2とCCN1の発現を確認する事に成功し、これらの神経系の細胞を用いた実験系がCOVID-19の研究に有用であることを示しました。
さらに、ヒトiPS細胞由来神経幹細胞/前駆細胞を用いたRNAシーケンスを行い、γ-セクレターゼ阻害剤であるcompound 34とDAPTという化合物が、この病原性制御因子と考えられるCCN1の発現抑制効果を有することを明らかにしました。
本研究成果は、CCN1の発現を抑制することにより、COVID-19による中枢神経系への障害が軽減される可能性があることを示唆しており、COVID-19による中枢神経系障害増悪メカニズム解明や治療薬開発研究の進展につながることが期待されます。
本研究成果は、2020年9月11日(英国時間)に、『Inflammation and Regeneration』に掲載されました。