国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫、以下量研という)量子医学・医療部門 放射線医学総合研究所 脳機能イメージング研究部(グループリーダー 南本敬史)、国立大学法人京都大学霊長類研究所(所長 湯本貴和)、米国ノースカロライナ大学、米国マウントサイナイ医科大学、および慶應義塾大学医学部(内科学〈神経〉教室 教授 中原仁)らの共同研究グループは、既存薬よりも性能と安全性を大幅に高めた人工受容体作動薬候補DCZを開発しました。
記憶や意思決定などの脳の機能は担当する多くの脳神経細胞の活動によって生み出されます。また神経細胞の活動が不調になると、精神・神経疾患にみられる様々な症状を引き起こす原因になります。脳機能や疾患の理解のために、実験動物の神経細胞に「スイッチ」の役割を担う人工受容体を導入し、その人工受容体のみに作用する薬(作動薬)を投与することで特定の神経細胞の働きをオン/オフする手法が用いられています。しかし、この手法で用いられる代表的な作動薬は、作用するまで時間が掛かる、標的以外の受容体に働いて有害な作用(副作用)をもたらすなど、その有効性や安全性に疑念が生じていたことから、これらの課題を克服する新しい作動薬の開発が急務でした。
今回の人工受容体作動薬DCZの開発によって、既存作動薬の約1/100の量で標的の神経細胞の「スイッチ」を安全かつ素早く切り替えられるようになりました。さらに、記憶を担当するサルの前頭前野の神経細胞に「スイッチ」を導入し、DCZを投与することで記憶を繰り返し「オフ」にすることに世界で初めて成功しました。
本研究成果は、代表的な実験動物であるマウスや、ヒトへの応用前段階の試験で重要視されるサルでの有効性が確認できたことから、今後、脳機能や精神・神経疾患の基礎研究に大きく貢献することが期待されます。また臨床応用の観点からも意義は極めて大きく、例えばてんかんの治療では、異常興奮の原因となる神経細胞にだけ「スイッチ」を導入し、症状が出始めた時にすぐにDCZを投与することで、素早くかつ副作用を起こさずに症状を緩和する、などといった応用が考えられます。
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)「脳科学研究戦略推進プログラム」、JSPS科研費JP15H05917新学術領域「多元質感知」等における成果を一部活用したもので、「Nature Neuroscience」のオンライン版に(2020年7月7日(火)0:00(日本時間))に掲載されました。