国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫、以下「量研」)量子医学・医療部門放射線医学総合研究所脳機能イメージング研究部の森口翔客員研究員(主所属:慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室)と樋口真人部長らは、慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室の三村將教授らとの共同研究により、老年期うつ病患者の生体脳に蓄積するタウを可視化し、その蓄積がうつ症状の発症と関連している可能性があること、さらにその蓄積量が老年期うつ病でみられる精神病症状の有無と関連していることを明らかにしました。
これまでうつ病には客観的な診断法が存在せず、主に問診で確認した臨床症状から評価することで診断されてきましたが、その症状や病態についても多様で不明な点も多く、治療の効果も限定的でした。また、うつ病はアルツハイマー型認知症をはじめとした認知症の危険因子であることが知られていましたが、うつ病と認知症に共通する病態メカニズムについては十分にはわかっていませんでした。
これまでに報告されているうつ病患者の死後脳を用いた研究では、認知症患者の脳内に蓄積し、神経障害の発現に関与していると考えられているタウやアミロイドβタンパク質(以下、アミロイドβ)などの異常タンパク質が、一部のうつ病患者の脳内においてもみられることが明らかになっています。このことから、認知症患者と同様にうつ病患者においても、これらの異常タンパクの脳内蓄積が病気の発症に関与している可能性が疑われてきましたが、臨床症状との関連については明確な証拠は得られていませんでした。
本研究では、量研が世界に先駆けて開発した生体脳でタウを可視化するポジトロン断層撮影(PET)技術を用いて、老年期うつ病患者のタウおよびアミロイドβの脳内蓄積量を非侵襲的に測定し、臨床症状との関連について検討しました。その結果、同年代の健常高齢者と比べて一部の老年期うつ病患者においては大脳皮質全体におけるタウ蓄積が有意に多く、特に妄想や幻聴といった精神病症状を認める患者では脳内タウ蓄積量が顕著であることを明らかにしました。
これらの成果は、PETにより捉えた生体脳におけるタウ蓄積を指標として、老年期うつ病の客観的な診断が可能になることを示すものであり、さらに認知症の根本治療薬として開発が行われている脳内タウ蓄積を抑制する新規治療薬が老年期うつ病においても有効である可能性が期待されます。
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)「臨床と基礎研究の連携強化による精神・神経疾患の克服(融合脳)」の支援を受けて実施されました。この成果は精神医学分野においてインパクトの大きい(インパクトファクター11.973)国際的な学術誌である『Molecular Psychiatry』のオンライン版に、2020年7月1日(水)9:00(日本時間)に掲載されました。