慶應義塾大学医学部微生物学・免疫学教室の吉村昭彦教授とアメリカ合衆国ラホヤ免疫アレルギー研究所のAnjana Rao教授らのグループは、マウスモデルを用いて、腫瘍内の免疫細胞(T細胞)を疲弊化する分子メカニズムを解明し、これを阻害することでより効果的ながん治療へ応用できることを証明しました。
近年、オプジーボ(抗PD-1抗体)などのがん免疫療法が注目を集めています。免疫チェックポイントとは、主にT細胞に発現して過剰な免疫応答を抑制するシステムです。抗PD-1抗体は免疫チェックポイントを阻害してT細胞の活性化を亢進することでがんへの攻撃力を強めます。しかし、がん組織に集積しているT細胞の多くは何度も刺激を受けることで複数の免疫チェックポイント分子を高度に発現するために『疲弊』と呼ばれる機能不全状態に陥ることが知られています。完全に疲弊化に陥ったT細胞は、もはや抗PD-1抗体では再活性化することはできず、がん免疫療法の効果を著しく損なうと考えられています。
これまで、T細胞の疲弊化を生み出す分子メカニズムは全く不明でした。研究グループは疲弊化によって特異的に発現するNr4aという転写因子に注目しました。今回、本グループはNr4aがPD-1遺伝子のエンハンサーと呼ばれる領域に結合し、PD-1の発現を増大し安定化させることを発見しました。Nr4a遺伝子を欠損させることでT細胞は疲弊に陥ることなく長く活性化されました。さらに、マウス腫瘍モデルに野生型T細胞を投与しても90日後にはすべてがんによって死亡しましたが、Nr4aを欠損したT細胞を投与した場合は70%以上が生存しました。すなわち転写因子Nr4aが腫瘍内に集積するT細胞の『疲弊化』に中心的な役割を果たし、抗腫瘍効果に決定的に重要であることが明らかとなりました。Nr4a阻害剤の開発が効果的ながん免疫療法につながると期待されます。
本研究成果は2019年2月27日(グリニッジ標準時)に英科学雑誌『Nature』のオンライン速報版に公開されました。
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