慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄之教授、整形外科学教室の中村雅也教授らの研究グループは、これまで細胞移植単独では治療効果を得ることができなかった慢性期の脊髄損傷モデルマウスに対して、Notchシグナル阻害剤で前処理したヒトiPS細胞から樹立した神経幹/前駆細胞を移植することのみで、運動機能を回復・維持させることに成功しました。
これまで、本研究グループの行ったヒトiPS細胞由来神経幹/前駆細胞移植単独では、亜急性期(受傷後数週間以内)における脊髄損傷に対しては有効性が確認できた一方、慢性期の脊髄損傷に対しては有効性が確認できませんでした。また、今日にいたるまで細胞移植治療単独では機能改善が得られたという報告は世界でも極めて少なく、慢性期の損傷脊髄における細胞移植単独は効果がなく、亜急性期を逃すと神経幹細胞移植は行えない、あるいは行っても効果が得られないとされてきました。
今回、本研究グループでは、細胞間の情報の伝達経路の一つであるNotchシグナルが働かないようにして神経幹/前駆細胞を前処理すると、有意にニューロンへと分化するだけでなく、軸索の再生を促す作用もあることに着目しました。そこで、Notchシグナル阻害剤で前処理したヒトiPS細胞由来神経幹/前駆細胞を、慢性期の損傷脊髄へ移植したところ、再生や運動機能回復が困難といわれる過酷な状況においても、軸索の再生・伸長が起こり、さらに再髄鞘化も誘導することを発見しました。
今回の研究成果は、受傷後長時間が経過した慢性期の脊髄損傷患者が、運動機能を回復・維持できる可能性を明らかにしました。ヒトiPS細胞由来神経幹/前駆細胞移植の臨床応用を実現させる上で、これまでにない非常に大きな成果であるといえます。
本研究成果は、2018年11月29日(米国東部時間)に、国際幹細胞学会(ISSCR)の公式ジャーナルである『Stem Cell Reports』のオンライン版に掲載されました。
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