慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄之教授、奥野博庸助教らを中心とする研究グループは、生まれつき感覚器の障害をもつCHARGE症候群の症状が、胎生期の神経堤細胞の遊走障害(細胞の動く速度が遅いこと)が要因となって、障害が現れることを、患者由来ヒト多能性幹細胞(iPS)を用いた疾患モデルにより解明しました。
胎生期に症状が作られる遺伝性疾患はその過程の観察が困難であり、これまで詳細に病態を解明することが課題となっていました。2006年に京都大学の山中伸弥教授らが開発したiPS細胞は、あらゆる組織や細胞になることが可能であり、研究グループではこの技術を用いて、皮膚細胞よりiPS細胞へ、さらにiPS細胞から神経堤細胞を作製することにより、直接的に観察することが困難であった胎生期の細胞分化の過程を観察することに成功しました。
CHARGE症候群は、目や耳などの感覚器や心臓に異常をきたす生まれつきの病気です。これらの症状が現れる器官は、胎生期に神経堤細胞により形成されています。CHARGE症候群はCHD7という遺伝子がうまく働かず病気になることが知られていますが、CHD7が神経堤細胞にどのような影響を与えているかは、現在まで解明されていませんでした。
今回、研究グループは、CHARGE症候群患者由来の細胞と健常者群由来の細胞とで、詳細な比較検討を行いました。CHARGE症候群患者由来神経堤細胞には健常者群由来細胞と比べて特徴的な違いがあり、特に細胞の動く速度が遅いことが、多角的に解析することで明らかになりました。また遺伝子解析により、神経堤細胞において動きが遅くなる原因となる遺伝子群をも見出しました。
今回の研究により、CHARGE症候群において、出生時にすでに形成された障害の修復は難しくても、将来的に機能を回復するアプローチが可能な病態を見つけ出せれば、治療へと結びつけることが期待できます。他にも、このモデルを応用して、神経堤細胞の障害により生じるさまざまな先天的な病気のメカニズムを同様に調べることができ、また、胎児神経堤への影響をみる新規薬剤の毒性試験(スクリーニング)の一部としても有用と考えます。その他、本モデルはヒトが形作られる過程において神経堤細胞がどのような役割を果たしているかを知るのに有用なツールにもなり得ると予想されます。本研究成果は2017年11月28日 午前8時(英国時間)に、オープンアクセス誌『eLife』に掲載されました。
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