-大学卒業後は、監査法人で働きながら書き続けていたのですね。
金子 はい。『文藝』『新潮』『すばる』などの文芸誌に応募を続けたのですが、受賞には至らず、心がポッキリ折れたような状態になりました。SNSで知り合った文学仲間の何人かは作家デビューしていて、彼らから「金子君、待ってるよ」と言われていたのですが、失意の中にあった私は「もう小説をやめます」とメッセージを返してしまったんです。すると仲間の一人が「純文学じゃなくエンタメに転向してみては?」とアドバイスしてくれました。初めて予選を通過したのが純文学系の雑誌の新人賞だったので、自分は純文学向きだと思い込んでいたのですが、仲間たちから見ると必ずしもそうではないらしい。だったら思い切ってエンタメに転向して、それでも駄目だったら諦めればいいと思い直しました。そしてあらためてミステリーの技法を勉強し直し、志木高校時代のことを思い出しながら書き上げたのが、2023年にメフィスト賞を受賞した『死んだ山田と教室』です。
-舞台となる2年E組の教室は金子さんが志木高校時代に学んだ場所ですね。
金子 はい、主人公「山田」は自分自身を投影したキャラクターで、他の登場人物についても自分や当時のクラスメートの要素を反映させています。小説を書くこと自体は、悩んだり苦しんだりすることもありますが、「絶対的な楽しさ」があるから続けてこられた。それが初めて報われた作品でした。志木高校で3年間を過ごし、多くの友人と出会い、文学と出会ったからこそ書くことができたと思っています。
-すでに次に出版される本も準備しているとか。
金子 2025年の前半に『死んだ』3部作とは作風が異なる恋愛モノの連作短編集を出す予定です。それからまだ構想段階なのですがアガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』のような“孤島ミステリ”を書きたいと思っています。さらにその次の作品についても頭の中で考えていますし、書きたい題材は山ほどあります。ジャンルにとらわれず、今後もさまざまなタイプの小説を書いていきたいと思っています。
-金子さんが目指す作家像とはどのようなものですか。
金子 私は監査法人を退所して現在は職業作家となりましたが、書くことへの楽しさは変わらず感じています。ですから、「食べていく」手段ではなく、自分が書きたいことを自由に楽しく書くことにこだわっていきたいです。もし作家として食べていけなくなったら、再び公認会計士との兼業に戻ればいい。作家像と言えば、志木高校で出会った太宰治は今も私にとって大きな存在です。現代の作家もたくさん読んで影響を受けてきましたが、たまに太宰作品を読み返すと、今でもその語りや小説構造に新しさを感じます。太宰は私にとって永遠の憧れであり続けるでしょう。