書誌学の研究を進めるには、良質な文献を数多く目にすることが必要だが、慶應義塾にはそれを可能にする研究所がある。それが大学附属研究所斯道文庫だ。1938年に株式会社麻生商店(現・麻生グループ)社長の麻生太賀吉氏が、東洋の精神文化を研究する研究所として福岡市内に設立した財団法人斯道文庫を前身とし、慶應義塾創立100年にあたり、その約7万冊の図書の寄贈を受けて、日本及び東洋の古典に関する資料の収集保管と調査研究を行う大学附属研究所として、1960年に再スタートしている。その後も書物などの資料収集を精力的に行い、現在は約17万5千冊(寄託書約5万2千冊を含む)の蔵書を有している。
「慶應義塾創立150年には、センチュリー文化財団から、日本の文字文化に関する資料1740点の寄託を受けました。美術品としての性格を有するものが多いので、斯道文庫は図書館と美術館、そして研究所が一体となったような、全国的にも珍しい組織になっています。文庫内で行っている書誌学講座でも、所蔵している貴重な文献を実際に見てもらいながら講義を行うことができます。日本だけでなく中国・朝鮮半島・ベトナムなどの文献も多く所有しているので、これらの比較研究も容易に行えるのです」。
今後もセンチュリー文化財団からは、既に寄託されているものだけではなく、500点以上の追加分を併せた美術資料の寄贈を受ける予定で、これらの資料のより一層の活用を促すべく、新しいコンセプトの全塾的学術・文化資料施設「慶應義塾ミュージアム・コモンズ」を、2021年3月に開設することになっている。斯道文庫も寄贈資料の一部の保存管理を担うと共に、協力しつつ諸活動を展開していくことになる。
慶應義塾大学が2016年から参加している、国際的な無料オンライン講座「FutureLearn」でも、佐々木教授をはじめとする斯道文庫員たちが担当した書物関連のコースは好評だ(「Japanese Culture Through Rare Books」、「Sino-Japanese Interactions Through Rare Books」、「The Art of Washi Paper in Japanese Rare Books」)。講義は基本的に英語で行われているのだが、ここでも、斯道文庫の蔵書の存在は大きい。特別展でもないかぎりお目にかかれないような文献に出会えることは、海外で日本文化を研究していたり、日本に興味を有する人々にとって、たとえ画面越しであっても価値あるものとなっているのだ。
「メトロポリタン美術館や大英博物館などもですが、オックスフォード大学やケンブリッジ大学、アイビー・リーグをはじめとするアメリカの有力大学の図書館など、日本の貴重な文献は世界中のさまざまな場所で大切に保存されています。美術的な価値も高い日本の書物について、より詳しく知りたいということで、海外の大学や美術館などに呼んでいただき、お話をする機会を何度も持ちました。その経験がありましたので、無料オンライン講座の企画にも積極的に取り組むことができました。日本の古典研究というと、国内だけの古臭いものだと思われるかもしれませんが、世界の人々から注目される対象となっていることは、世界中の講座受講者から寄せられた数多くのコメントが証明しています。古典作品を保存している書物も、日本研究の一つの分野として、よりグローバルに展開できる可能性があると確信しています」(佐々木教授)。
「FutureLearn」本部からの勧めもあり、大英図書館と共同で、西洋と日本の書物の比較に関する新しいコースの制作も進められている。