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医学部百寿総合研究センター
2019/04/25
慶應義塾大学医学部「百寿総合研究センター」は、2014年4月に開設された部門横断型の老年医学研究拠点。20年以上にわたって医学部に蓄積された百寿者の研究データを最大限に活用し、塾内はもちろん国内外の研究機関などとの共同研究も積極的に行い、最先端の百寿者研究に取り組んでいる。1990年代より百寿者研究に取り組み、センター設立の礎を築いた広瀬信義特別招聘教授にセンター設立の経緯と研究活動について、また新井康通専任講師に長寿者のメンタル面などについて話を聞いた。
- 広瀬教授が百寿者研究に取り組まれた経緯は?広瀬:もともと大学病院で老年内科の臨床医として多くの高齢者の方々を診察しているうちに、高齢者そのものを総合医学の見地から研究したいと思うようになりました。百寿者研究を始めたのは1992年からで当初はノウハウも予算もなく苦労しました。転機となったのは1997年にオーストラリアで開催された国際老年学会に出席し、海外の百寿者研究に触れたこと。その際に知り合った米国ジョージア大学の研究グループと一緒に百寿者の調査計画の検討を行い、その2年間にわたる経験が私の百寿者研究のベースとなりました。- その後、日本での百寿者調査を始められたのですね?広瀬:2000年から約2年かけて東京都老人総合研究所(現・東京都健康長寿医療センター研究所)との共同研究で百寿者調査を行いました。続いて2002年からは105歳以上の方を対象とした「超百寿者」の調査を全国規模で実施しました。このときは各地の老人福祉施設約1万カ所に手紙を書いて105歳以上の方を紹介していただきました。- 調査はどのように行われるのですか?広瀬:まず、血液検査によりタンパク質、コレステロール、免疫細胞など血液中の物質を調べます。同時に遺伝子情報も得られます。遺伝子解析に関しては外部のゲノムデータベースなども利用して老化のメカニズムや人間の最長寿命などにもアプローチしていきます。こうした医学的な調査以外にヒアリングによってご本人から健康や生活に関わるさまざまなお話を伺っています。- そうして集められたデータが百寿総合研究センターの基礎になっているのですね。広瀬:はい。当時の医学部長のお声がけもあり、念願の総合医学としての百寿者研究の拠点を義塾に作ることができました。現在は105歳の超高齢者のさらに上、110歳以上の「スーパーセンチナリアン」の調査に力を入れており、埼玉医科大学や全国の病院とのコンソーシアムを組織して、110歳以上のご遺体の解剖からのデータも集められています。また、特別な高齢者である百寿者研究のためには、平均寿命の年代とのデータ比較が必要不可欠です。そのためスタッフである新井康通医学部専任講師が主導して85歳高齢者の疫学研究も幅広く行っています。- これまでの百寿者の研究でわかってきたことはどのようなことですか?広瀬:まずわかってきたのは、細胞の老化が慢性的な炎症反応を起こしていること、そして85歳以上の余命は「フレイル」によって決まってくるということです。フレイルとは意図しない体重減少、歩く速度の低下、身体活動量の低下など従来は「虚弱」と呼ばれていた状態で、このフレイルが見られる人は余命が短くなる傾向があります。 また、これはヒアリングなどによって明らかになったことでが、百寿者は「幸せ」を感じている人が多い。心理学の専門家を交えて研究をしている最中なのですが、長く生きることでストレスフリーのスキルを獲得してきた方が多いのではないかと私は考えています。百寿者の方は皆さん人間的に魅力的で、お話もとても面白いですよ。
- 百寿総合研究センターの今後についてお聞かせください。広瀬:センターが発足して、医学、遺伝子工学、心理学、経済学など塾内の智慧を結集して包括的な百寿者研究に取り組んでいることはとても素晴らしいことだと思います。義塾ほど100~110歳以上のデータがそろっている研究機関は他に類を見ません。百寿者研究にはまだまだ興味深いテーマがたくさんありますので、今後も若い研究者にどんどん参加していただいて、老化や長寿の謎を解き明かしていただきたいと願っています。
- 新井講師が取り組む「85歳高齢者の包括的疫学研究」の目的は何でしょう?新井:なぜ85歳かといえば、百寿者というのはいわば生きてきた結果です。長生きの理由を結果からさかのぼって調査することには、記憶力の問題もあり限界があります。そこでもう少し若い世代から「前向き」、すなわち百寿に向かうプロセスの中で健康長寿のメカニズムを解き明かすことができないかというのが「85歳高齢者の包括的疫学研究」の目的です。実は日本人の平均寿命である80代の疫学データ=エビデンスはほとんどないのが現状です。この研究には、医学者だけでなく心理学やスポーツ医学、福祉などの専門家にも入っていただき、まさに包括的な学際研究となっています。- 川崎市を舞台に殿町タウンキャンパスを拠点にした疫学調査が進行中ですね。新井:川崎市立病院の施設をお借りして、市内在住の85~89歳の介護状態でない元気な高齢者の方々約1000名を対象に、身体の状態と心の健康や暮らし方に関する大規模な調査を実施しています。現在ようやく900名ほどの調査が終わったところです。今後も長期にわたり調査を継続して、団塊の世代が後期高齢者になる2025年をメドに一定の答えを出したいと考えています。- どのような検査・診察を行っているのですか?新井:採血、血圧測定、聴力検査などのほか、筋肉や骨の状態を調べる歩行速度の測定や握力検査、骨密度、脊椎エックス線検査なども実施します。これまでの調査でも百寿者には糖尿病や動脈硬化が少なく血管の状態が良い人が多いことがわかっています。血管に関しては爪の微細な毛細血管まで調べています。また骨折を予防し、フレイル(虚弱)にならないことも長生きにつながりますから、骨と筋肉の状態を診ていくことも大切です。そして健康長寿の大きな阻害要因である認知症予防のため、日々の生活習慣や病歴などについて詳しくお話を伺っています。平均して一人の検査・診察に2時間~2時間半ぐらいかかりますね。- 多くの高齢者を診察されていて、健康長寿と超高齢社会のあり方についてどのように思われていますか?新井:誰しも加齢に応じて身体的な能力が低下しますし、百寿者ともなるとなんらかの病気で体の不調を感じているものです。しかし、百寿者にはそれでも「幸せ」を感じて生きている方が少なくありません。老いを自然のことと受け入れ、「健康」を何より大切に思う一般的な価値観を超えた「老年的超越」というべき境地に達しているように思えます。私は医学者ですから一人でも多くの方に健康でいてほしいと願っていますが、健康だけが幸せでないということを高齢者の方々から教えていただきました。今後は、今回の調査に参加している義塾の心理学や社会科学の専門家などを総動員し、超高齢社会の「幸せ」のあり方について分野横断的に議論をしながら考えを深めていきたいと思っています。
※所属・職名等は取材時のものです。
この記事は、『塾』2019 WINTER(No.301)の「特集」に掲載したものです。『塾』2019 WINTER(No.301)
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