執筆者プロフィール
山梨 あや
社会学研究科 教育学専攻 教授山梨 あや
社会学研究科 教育学専攻 教授
私の専門分野は日本の近現代教育史です。教育史というと「学校」や教育制度の歴史と思われることが多いのですが、私の研究関心はどちらかといえば、「学校」や教育制度の境界線、マージナルなところに見いだされる「教育」とその意味を歴史的に明らかにすることにあります。大学院生時代から、趣味や私的な営みとして捉えられがちな読書という営みがどのように「教育」の対象としてクローズアップされたのか、具体的にどのような教育活動が展開されたのかを図書館を対象に、1900年代から1960年代の比較的長期に亘るスパンで検討してきました。どちらかと言えば、読書という知的営みからは周辺化されている人々に焦点を当てたのですが、研究の過程で近現代日本の知的営為には「学校教育」という枠組み以外でも性差、地域差、階層差が存在していることをまざまざと実感しました。と同時に、学校教育とは異なる回路で「知」が人々の間に普及していったのではないか、とも考えるようになりました。
研究生活の入り口では学校外の教育にばかり注目していましたが、アマノジャクな性格も手伝って、最近は学校と学校の外―家庭や地域―がどのように関係して「教育」という営みを成立させているのか、という問題に関心を持っています。長野県の小学校に保存されている1930年代から60年代に至るまでの学校資料を読み解く中で、学校は家庭や地域を一方的に「啓蒙」したり教育したりするだけではなく、家庭や地域との相克を含む一種の緊張関係の中で教育を模索していたことが明らかになってきました。戦後初期は、学校が子どもだけではなく戦前の教育を受けた親世代に「民主的」な考え方を理解させることに心を砕いており、この時代に着目して「民主主義」や「民主的なるもの」が親世代にどのように教育されたのかを明らかにすることも目下の研究課題の一つです。
1960年代後半になると、学校、教師、さらには学校教育制度そのものに対する疑念の兆しも見られるようになり、学校と家庭、地域の関係はより複雑化していくことになります。このような複雑化した関係性を前提として、「教育」というものがどのように考えられていたのかを学校側の視点からだけではなく、家庭の視点から明らかにしていくことにも関心があります。
大学院に入った時は、自分が小学校の資料を読んだり、1960年代の地域教育雑誌などに関心を持つようになるとは全く想像しませんでした。自分の生まれた年に近い資料を読む一方で、学校が学校外の組織―家庭や地域―にまなざしを向け始める時期、つまり明治期の学校資料や教育雑誌なども読んでいます。研究とは必ずしも一直線に進むものでも進めるものでもなく、様々に張り巡らせた糸を撚ったり、時には解きほぐして編み込んだりしていくものなのかもしれません。このような研究を可能にするのは、資料や文献を探して読み込むことは勿論、研究について教員、先輩、同輩、後輩と忌憚なく意見を交換することです。新しく入学される皆さんと共に、豊かな研究が出来る場を作っていきたいと思います。