プーチン大統領によるウクライナ軍事侵攻が始まりました。武力に物を言わせて他国の地に侵攻し、罪のない人々を死傷させることは許せないことで、ウクライナの人々のことを思うと本当に心が痛みます。本稿を執筆している2月27日時点、ウクライナのゼレンスキー大統領は「われわれは武器を捨てない、祖国を守る」と語っています。ウクライナの被害が最小限に食い止められ、ウクライナの皆さんに平安が訪れ、ウクライナの独立が国際社会の協力により保たれることを心から願っています。
今回の軍事侵攻は、これからの世界を生きる若者にとって、すなわち、慶應義塾の塾生にとっても最も憂慮すべき事態と言えます。武力行使の始まりは、結局はいつも同じなのですが、交渉や説得に基づく外交の敗北を意味します。「ペンは剣よりも強し(Calamvs Gladio Fortior)」を掲げる慶應義塾にとって極めて残念なことです。プーチン大統領は核兵器の使用も辞さないことを示唆しながら「邪魔者は歴史上で見たことがないような結果に直面するだろう」と脅してきました。この手法によってウクライナが占領されれば、「結局は軍事力がすべて」と考える人が増えます。防衛は大切なのですが、防衛の名の下に世界中の国々が急激に戦力を増強すれば、これを肯定するためにさまざまなプロパガンダが展開され、国際情勢におけるわずかな綻びがドミノ倒しにつながることが心配されます。
福澤諭吉が「凡そ世に学問といい工業といい政治といい法律というも、皆人間交際のためにするものにて、人間の交際あらざれば何れも不用のものたるべし。…交際愈々広ければ人情愈々和らぎ、…戦争を起こすこと軽率ならず」(『学問のすゝめ』九編)と記したことは以前の塾長室だよりで紹介しました。学問と人間交際を駆使した外交により戦争を回避し、平和に発展する社会づくりを目指すのが慶應義塾の使命です。
若者の特権は理想を掲げて追求することです。平和、サステイナビリティ、人権、豊かな生活。楽観的に前向きであってほしいと願います。しかし物事は理想どおりに進まないこともあります。様々な最悪を想定する能力が必要で、それが現代の学問に求められる大切な要素の一つです。事実と科学に基づき、安全を保障する学問を物理空間とサイバー空間の両方に対して進めることが不可欠です。安全保障に関する議論は教育研究現場では避けられがちですが、それでは外交はできません。考え方が異なる仲間とも議論を重ね、同意に至らなくても、別れる時には「また議論を続けよう」と笑顔で握手をする。意見を異とする人々と積極的に交わり外交能力(交渉力と人間性)を磨く。これこそが「ペンは剣よりも強し」につながる学びの一つだと思います。
侵略から四日目を迎えた現時点でもウクライナの抵抗は目を見張るもので、一部の悲観的な予想に反して、首都キエフなどの大都市を守り続けています。しかしプーチン大統領はさらなる戦力投入を続けることでしょう。だからこそ国際社会が外交努力を継続しています。ウクライナの皆さんに一日も早い平和が訪れることを願っています。
慶應義塾でもウクライナやロシアの出身者が学び研究に励んでいます。彼(女)らの人権が尊重され、安心して勉学と研究が続けられるよう努力致します。
※2022/03/04 追記
2022/03/02に緊急収録したセミナー【グローバルリサーチインスティテュート(KGRI)Virtual Seminar Series:「ウクライナ危機と世界秩序」】の動画を配信しています。