我々の宇宙は物質が占めていて、反物質がほとんど存在しないということが知られています。物質と反物質は電荷以外の性質がすべて同じで、宇宙創生のビッグバンで生じる両者の量に違いはないはずなので、なぜ反物質が消えてしまったのかは長い間謎でした。素粒子物理学では、138億年前に誕生して間もない高温の火の玉宇宙が膨張し冷えていく過程で、対称性の自発的破れと呼ばれる現象が何度も起こったと考えられています。その際、宇宙ひもと呼ばれるひも状の欠陥構造とそれらが複雑に絡み合ったネットワークが形成された可能性が指摘されています。広島大学持続可能性に寄与するキラルノット超物質拠点(WPI-SKCM2)の新田宗土特任教授(慶應義塾大学教授)、衛藤稔Affiliate member(山形大学教授)の研究チームは、ドイツ電子シンクロトロンの濱田佑博士との共同研究で、素粒子物理学における仮説上の素粒子(アクシオンと右巻きニュートリノ)の存在を考えることで、宇宙ひもが非自明なトポロジーを持った結び目を形成し、それが量子異常と呼ばれる効果により安定して存在することを初めて発見しました。結び目は2種類のひもが絡まってできた安定な物体ですが、量子力学的トンネル効果によって崩壊してしまいます。このとき物質と反物質の両方が生成されますが、物質の方が反物質よりもわずかに多く生成され、現在の宇宙の物質-反物質の非対称性を説明できることを示しました。また、結び目の存在が宇宙初期からやってきた重力波の波形に影響するため、このシナリオが重力波観測を用いて間接的に検証できることも明らかにしました。