慶應義塾大学大学院理工学研究科の博士課程3年 戸塚望、同大学理工学部生命情報学科の堀田耕司准教授らは、光遺伝学の手法を用いて、ホヤの感覚神経細胞に約6分間の光刺激を与えることで変態を人工的に誘導できることを実証しました。
海洋生物の多くは幼生期から成体にかけて変態により体構造を大きく変化させます。これまでの研究で、ホヤは体幹部先端にある付着器という器官への機械刺激を受容すると、細胞内のCa2+濃度やcAMP濃度が上昇し、その後変態を開始することが知られていましたしかし、付着器を構成するどの細胞が変態開始を担っているのか、またCa2+上昇と変態に必要な刺激時間との関係は不明でした。本研究では、光遺伝学(オプトジェネティクス)技術により、光でCa2+上昇を操作し可視化できる遺伝子をホヤに導入し、付着器内の12個の感覚神経細胞PSNを選択的に興奮させる実験系を構築しました。その結果、PSNへの約6分間の刺激のみで変態が誘導されることがわかりました。さらに、光を断続的にあてた場合でも、合計刺激時間は約6分で変態が誘導されることから、PSNを介した神経回路が刺激の「時間の合計」を記録・判断する機構を持つことが示唆されました。
本成果は、少数の神経細胞が外界からの刺激を時間的に積分して行動(変態)を引き起こすという新たな原理を示すものであり、神経系が行う情報処理の基盤理解に資する重要な知見です。また、今回使用した実験系は、ホヤ以外の付着動物への応用も期待され、水産養殖・海洋バイオ・防汚技術など実用分野への貢献も見込まれます。
本成果は2025年11月25日に発生生物学の国際専門誌『Developmental Biology』(オンライン版)に掲載されました。