慶應義塾大学理工学部の山本詠士准教授、東北大学電気通信研究所の陰山弘典大学院生(大学院医工学研究科)および平野愛弓教授(材料科学高等研究所 (WPI-AIMR) ・大学院医工学研究科兼務)らの共同研究グループは、分子動力学シミュレーションと人工細胞膜実験を組み合わせることで、生体膜に対する電場作用の新しい側面を解明しました。従来広く研究されてきた膜垂直方向の電場とは異なり、膜水平方向の電場が脂質二重膜の構造を顕著に変化させることを明らかにしました。
生体膜は細胞内外を仕切る単なるバリアではなく、イオンチャネルや受容体など多様な膜タンパク質の機能を支える能動的なプラットフォームです。その物理的性質は電場の影響を強く受けるものですが、これまでは主に膜厚方向の電場が注目されてきました。しかし、実際の生体内では上皮細胞の密着結合部位やナノポア内のイオン流束に伴って膜水平方向にも電場が発生します。こうした「水平電場」の作用機構は十分に理解されていませんでした。
本研究では、DOPCとコレステロールからなるモデル膜を対象にシミュレーションと明視野観察を行い、膜水平/垂直電場の効果を検討しました。その結果、膜水平電場は膜面積の収縮と脂質鎖の秩序化を引き起こし、コレステロールを含む膜でも顕著な構造変化を誘発することが明らかになりました。一方で、膜垂直電場は同じ強度ではほとんど影響を与えませんでした。さらに、人工的に形成した脂質平面膜に電圧を印加した実験では、膜水平電圧が膜面積を縮小させるのに対し、膜垂直電圧では顕著な変化が見られず、シミュレーションの結果を裏付けました。
本成果により、生体膜は電場の方向によって全く異なる応答を示すことが初めて実証されました。これは、生体膜に対する電気的作用を三次元的に捉える新しい概念を提示するものであり、
- イオンチャネルなど膜タンパク質の機能制御手法の開発
- 電気刺激を用いた創薬や再生医療技術の開発
- 新規バイオエレクトロニクスデバイスの設計
といった幅広い分野への応用が期待されます。今後は、より生理的条件に近いシステムでの検証や、膜タンパク質との相互作用解析を進めることで、生命科学や医工学の新たな展開に寄与することが見込まれます。
本研究成果は2025年10月6日、米国化学会「The Journal of Physical Chemistry Letters」 に掲載されました。