慶應義塾大学医学部生理学教室の柚﨑通介教授、掛川渉准教授らの研究グループは、脳内の神経細胞間をつなぐシナプスにおいて、情報伝達を担う「グルタミン酸受容体」が、シナプスそのものの形成・維持をもたらすシナプス形成分子として働き、記憶・学習を制御していることを、マウスを用いた実験により発見しました。
私たちの脳では、神経細胞どうしがシナプスを介してお互いに接続することにより、さまざまな高次脳機能を支える神経回路が構築されます。シナプス形成を担う分子の働きを明らかにすることは、高次脳機能や精神神経疾患の病態を解明する上で非常に重要な基盤的課題となっています。
本研究グループでは、これまでに「運動記憶」を支える小脳をモデルとして、C1ql1(シーワンキューエルワン)やBai3(バイスリー)といったシナプス形成分子を発見していました。今回の発見は、イオンチャネルとして働くことによってシナプスでの情報伝達を担うと考えられていたカイニン酸型グルタミン酸受容体(KAR)が、C1ql1やBai3とともに複合体を構築し、シナプス形成分子として働くことを明らかにしました。KARを欠失した遺伝子変異マウスでは、シナプス形成が障害され、運動学習能力が著しく低下しました。また、この変異マウスに、イオンチャネル部位を欠いたKARを導入すると、成熟した脳でも新たなシナプスが形成され、記憶能力が劇的に改善されることが確認できました。
KAR遺伝子の変異は、てんかんや統合失調症など多くの精神神経疾患で報告されています。そのため、本研究で明らかになったKARによるシナプス形成能に関する知見は、これらの疾患の病態理解と治療法開発につながる可能性が期待されます。
本研究の成果は、スペイン国立研究協議会-ミゲル・エルナンデス大学のフアン レルマ教授らとの共同研究によって得られたものであり、2024年7月9日午前11時(米国東部時間)に米国科学雑誌 Cell Reports(オンライン速報版)にて公開されました。