東京大学物性研究所の加藤岳生准教授、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート(スピントロニクス研究開発センター)の船戸匠特任助教(研究当時)、中国科学院大学カブリ理論科学研究所の松尾衛准教授らによる研究グループは、キラルな結晶に熱を流すことで隣接する金属へスピンが流入するという最近の実験結果をよく説明する、新たな理論を構築しました。物質中の原子振動によって生じる結晶の局所回転が、物質中の電子のスピンを一定の方向に揃える効果をもたらすことに着目し、原子振動とスピンの新しい結合機構を解明しました。さらに本機構を利用して、キラル物質から金属へ注入される単位時間あたりのスピンの量を定式化しました。
物質のキラリティによって生じるスピン誘起現象は、キラリティ誘起スピン選択性と呼ばれます。キラリティ誘起スピン選択性はスピントロニクス素子の新しい動作原理として、近年盛んに研究が行われており、本研究はその発現機構の解明に向けた重要な一歩となります。また、高性能のスピントロニクス素子には重元素が必要とされてきましたが、本研究で解明したキラリティ誘起のスピン生成機構は重元素を必要としないため、重元素を用いない環境にやさしいスピントロニクス素子の開発に大きく貢献すると期待されます。
本成果は、米国の科学雑誌「Physical Review Letters」6月6日付(現地時間)のオンライン版に掲載されました。