慶應義塾大学医学部眼科学教室の坪田一男教授、小沢洋子特任准教授(聖路加国際大学研究教授併任)、本間耕平特任助教、同生理学教室の岡野栄之教授らを中心としたグループは、網膜変性を引き起こすミトコンドリア遺伝子変異を持つ患者由来の人工多能性幹細胞 (induced pluripotent stem cells;iPS細胞)を用いた研究において、アミノ酸の一つであるタウリンが、酸化ストレス亢進を防ぐことで、細胞の増殖と生存を維持し、網膜変性を抑制することを見出しました。
ミトコンドリアはエネルギー代謝などに重要な細胞内小器官で、ミトコンドリア異常は網膜色素変性だけでなく、加齢黄斑変性や老化に伴う多くの疾患の病態メカニズムに関係しています。しかし、その対処法は現在も明らかにされていません。
今回の研究では、ミトコンドリア遺伝子の変異によりその機能異常をきたし、網膜や筋肉、神経組織の変性を生じるmitochondrial myopathy, encephalopathy, lactic acidosis, and stroke-like episodes(MELAS)という疾患の患者体細胞に由来するiPS細胞(MELAS-iPS細胞)、およびこれを3次元網膜組織(オルガノイド)に分化誘導して作製した網膜色素上皮(retinal pigment epithelium;RPE)が用いられました。代謝物の網羅的解析から、MELAS-iPS細胞では、エネルギー代謝の不均衡をきたし、酸化ストレスが亢進していることが示されました。また、MELAS-iPS細胞を眼の網膜を構成するRPEに分化誘導すると、酸化ストレス亢進に伴い、本来の上皮としての性質を失い、上皮間葉転換 (epithelial mesenchymal transition;EMT)をきたすことにより変性することが示されました。そして、本研究でそのいずれもがタウリンで抑制されることを明らかにしました。
今回の研究成果により、ミトコンドリア機能異常による網膜変性の治療にタウリンが効果を持つ可能性が示されました。今後はこれをもとに、現在治療法の無い失明疾患に、新規予防治療法が開発されることが期待されます。
本研究成果は、2021年3月8日(英国時間)に、『Redox Biology』のオンライン版に掲載されました。