慶應義塾

速い時間と遅い時間のはざまで──ベルクソンから心の仕組みに迫る

登場者プロフィール

  • 平井 靖史

    文学部 哲学専攻 教授

    平井 靖史

    文学部 哲学専攻 教授

2026/10/31

一瞬のなかの何万年

いま、この文章を読んでいるあなたの「いま」にも、いくつもの時間が流れています。目が文字を追う極微の時間、一文の意味をつかむ数秒、ことばを身につけてきた十数年、そして人類がことばを育ててきた何万年。ふつう時間は、過去から未来へと一本の線のように流れ、私たちはその上の「いま」という点にいると考えられています。けれども実際に生きられている「いま」は、速さの違う時間がいくつも重なり合った厚みをもっています。私はこの重なり(マルチ時間スケール)に注目して、時間と心の関係を研究しています。

赤い光と2万5000年

出発点は、フランスの哲学者アンリ・ベルクソンです。時計の時間とは別の、生きられる時間(持続)を論じた彼の議論は、しばしば主観的な体感の話として受け取られてきました。けれども著作を読みこむと、もっと大胆な構想が見えてきます。赤い光は1秒間に約400兆回振動しています。意識が見分けられる最小の間隔で一つずつ数えれば2万5000年以上かかるほどの圧倒的な歴史がそこにはある。私たちが一瞥で赤を見るとき、この膨大な振動が一つの色へと凝縮されているのです。心とは、自然の外にある不思議な何かではなく、速い時間と遅い時間のはざまから生まれる自然の一面なのではないか。

学問の夜明けに

ベルクソンが生まれた1859年は、ダーウィンの『種の起源』が出た年でもあります。19世紀後半は、生物学、心理学、社会学が学問として形をなしはじめた黎明期で、それらはいずれも物理学では捉えきれない何かを探っています。当時、記憶や心も、さまざまな隣接分野との豊かな対話のなかでその根源的な問いを繰り広げており、ベルクソンもこの垣根の低い時代に、心理学、失語症研究、進化論、社会学と次々に渡り合いながら自らの哲学を鍛えました。分野が分かれきる前に見えていたこのつながりを、認知科学や人工知能、生物学、物理学とともに結びなおす。それが私たちの進めている「拡張ベルクソン主義」です。

平井先生

※所属・職名等は取材時のものです。