慶應義塾

【小特集・鶴岡タウンキャンパス開設25周年】鶴岡タウンキャンパスに期待する食・運動、そして心の健康

公開日:2026.10.13

執筆者プロフィール

  • 仰木 裕嗣(おおぎ ゆうじ)

    SFC研究所 所長政策・メディア研究科 教授環境情報学部 教授

    仰木 裕嗣(おおぎ ゆうじ)

    SFC研究所 所長政策・メディア研究科 教授環境情報学部 教授

鶴岡タウンキャンパス(TTCK)と先端生命科学研究所が25周年を迎えたと聞き、実に感慨深い私は自称鶴岡ラヴァーである。鶴岡とは義塾の教育での関わり、自身の専門スポーツ科学での関わりに加えて、私的にも鶴岡から湘南に古民家を移築したという縁ある土地である。


TTCK開設前年の2000年、所長就任予定の冨田勝教授(当時)から「TTCKにはSFCを離れて暮らす学生に不利益が出ないよう、遠隔授業を駆使するなど努力してきたが、必修授業の体育に協力してもらえないか」という相談が体育スタッフに寄せられた。そこで教員が現地に出向く集中授業「鶴岡体育」が始まることになる。SFC着任2年目の助教(有期)の私と現在大東文化大学教授の川本竜史先生とで初回を担当することになった。現地に視察に赴くと、まだ完成していない研究所にはジャグジー、ビリヤードと娯楽施設があり、その発想の斬新さに度肝を抜かれたが、「これは研究に没頭できる」と妙に納得したのを今でも思い出す。


鶴岡体育の実現には当時の鶴岡市教育委員会の方々に並々ならぬご尽力をいただいた。小真木原総合体育館、陸上競技場、鶴岡ドリームスタジアムなどの視察、さらには「ヨットを是非!」のお誘いでマリンパークねずがせき、「砂丘ウォークも候補に!」の提案で庄内砂丘のある湯野浜へと市内全域を視察。結局、当時全国でも珍しい天然芝球場の鶴岡ドリームスタジアムでナイターでの市役所職員とのソフトボール試合、そして鶴岡市恒例のウォーキング大会に相乗りして参加することになった。ウォーキング大会では最後尾のSFC生が高齢者に励まされながらゴールした記憶が懐かしく思い出される。学生たちには金峰少年自然の家の宿泊まで手配していただいた。


鶴岡市の方々が鶴岡体育に惜しみない支援をしてくださったのには、かつて東京大学教育学部長を務めた故宮下充正先生の存在がある。宮下先生は世界的なスポーツ生理学者として、鶴岡に「運動と健康」という種を植えた。1980年代から市民の健康増進運動プログラムを主導し砂丘ウォーク、雪上ウォーク、水中ウォークが始まった。鶴岡市はウォーキング先駆けの地である。全国でも珍しく、市内ほとんどの小学生が水泳を習うことでも知られ、運動を通したコミュニティ作りの先駆的取り組みをなしてきた。


私自身は2018~19年にかけて現医学部長の武林亨教授の鶴岡コホート研究に体力測定の担当として参画させていただく機会を得たが、この研究についても縦断的な参加募集の呼びかけに対して、1万人以上の市民が短期間で集まったとも聞かされた。鶴岡、庄内地域は学問に立脚した「健康になる術」に敏感な土地なのだと思う。鶴岡市等からのオファーを受けて義塾がTTCKを構えることになった背景には、健康であるための教えや成果を広く市民へ還元させようという気風が庄内には元来あったことが推察される。


運動によって健康を目指す実践にいち早く取り組んできた鶴岡は、ユネスコ食文化創造都市に認定されている食の街でもある。TTCKでも鶴岡ガストロノミックイノベーション計画、腸内デザイン学研究プロジェクト、食品メタボロミクスプロジェクトなど数多くの先端的かつユニークな研究が展開されている。筆者は2024年に、未来構想キャンプ担当教員の一人としてTTCKで多くの高校生たちと食について学び、鶴岡の食も体験する機会を得た。


TTCKは未来を担う高校生たちを研究助手として雇用し、高校生バイオサミットを開催するなど、義塾の中で常に先駆的なことを前所長の冨田勝名誉教授の時代から連綿と続け、「研究は楽しい」ということを若い世代に伝えてきた。「生命科学と健康」の種を冨田先生が鶴岡に蒔いたと認識している。その生命科学からの知見を健康に活かそうという気風が鶴岡には根付いている。


生命科学とその枠を超えた運動と食を通じたコミュニティ創生などを含めた研究成果、「学問のすゝめ in 鶴岡」を鶴岡市民、山形県民、慶應義塾に還元し、やがては人類全体に貢献する役目を担っているのが先端生命科学研究所である。


食の科学は生物としてのヒトの営みに重要であることはもちろんだが、食は人と人の間にコミュニケーションを生み出し、そこにはコミュニティが創り出され、やがて食文化へとつながる。運動と同じく食には心を動かす力があることは間違いない。量子力学の祖、シュレーディンガーは、晩年著した「生命とは何か」のエピローグの中で生命科学と心の問題について言及しているが、今なお未知とも言える「心を生命科学の力で解き明かす」ことにも、TTCKには今後是非取り組んでいただきたい、と勝手ながら期待している。