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2024年度大学学部入学式 式辞

2024年4月1日

慶應義塾長 伊藤 公平

新入生の皆さん、慶應義塾大学へようこそ。ご家族、保証人の皆様にも心からお慶びを申し上げます。

まず初めに、慶應義塾の創立者・福澤諭吉が語った「慶應義塾の目的」を読み上げます。

「慶應義塾は単に一所の学塾として自から甘んずるを得ず。其目的は我日本国中に於ける気品の泉源、智徳の模範たらんことを期し、之を実際にしては居家、処世、立国の本旨を明にして、之を口に言ふのみにあらず、躬行実践、以て全社会の先導者たらんことを欲するものなり」

皆さんが、数多くある大学の中から慶應義塾大学を選んだ理由は様々であろうことを想像しますが、ただ今紹介した慶應義塾の目的はすべての新入生が共有すべき目標です。気品の泉源、智徳の模範としての高みを目指し、全社会、すなわち全世界を正しい方向に先導する、リードするために、皆さんはこれからの大学生活において学問に励み、課外活動に精を出し、生涯の友と出会っていきます。慶應義塾の「義塾」とは英国のpublic schoolの訳で、まさに公共の発展に尽くすという高い志をもった学生が集まる学塾ということです。高い志を持ち続けること、理想を追求し続けることは大変!と思うかもしれませんが、心配ありません。皆さんは素晴らしい仲間に恵まれ、互いに助け合い、高め合いながらこれからの大学生活を過ごします。でもそのために大切なのが自らを確立することです。一人ひとりが自らの尊厳を保ちながら志を高める。これが独立自尊の精神です。自らの尊厳を保ち、自らの天性を「より高い志」、「より高い誓い」、「より高い約束」のために役立てる。だからこそ仲間の尊厳も尊重し、仲間と一緒に、社会の発展に尽くせるのです。一人ひとりが、つまりここにいる全員が先導者クラブのメンバーとして、力を合わせて理想を追求するという慶應義塾の考え方は、まさに民主主義の理想を追い求めるものであります。

皆さんの入学にあたり、慶應義塾からは『福翁自伝』をお贈りします。福澤先生が生涯を閉じられる4年ほど前に、ご自分の人生を記録者の前で闊達に語られ、その文字起こしに福澤先生が筆を入れて完成された自伝であり、実に痛快で、私たちが目指すべき人生の指針となる本です。これと並んでどうしても読んでいただきたいのが福澤先生の名著『学問のすゝめ』です。

『学問のすゝめ』が書かれた150年前は、ある側面において今日にとてもよく似た時代でした。イギリスを中心とした産業革命の時代です。蒸汽船車、電信、郵便、印刷といったテクノロジーの発明工夫によって社会システムが一変し、今日に至る近代文明が立ち上がったのが150年前でした。同時に、これを発明した人類自身が急激なる変化に遭遇して狼狽もしていました。この急激なる変化を乗り切るのみならず、その流れを正しい方向に導くためには何が必要か?福澤先生は常に学び続ける力であり、進化し続ける学問だと力説されました。現代はどうでしょう?AIといった情報技術が一気に進み、ゲノム編集に代表される生命科学などによって社会が急速に変化しています。この流れの中で社会は狼狽していますし、この狼狽は今後も続きます。ただ、150年前の産業革命と今の状況が決定的に違うことが一つあります。産業革命から今日に至るまでの技術革新の中心は、常に人間でした。機械やコンピュータは、結局は便利な装置・道具であって、人間が何を目的に据えるかを考え、人間が装置や道具に命令し、人間が最終判断を下してきました。ところが、今は、インターネットやSNSを通して、私たちにAIが選んだ情報が提供され続けます。こうなると、偏りなくものごとの様々な側面を捉え、真実を知り、その結果として自分で判断を下すことがとても難しくなっています。自らの意思で何かを決めていると思っていても、あなたにおすすめの情報だけに囲まれていては、客観的な判断を下していることになりません。AIに操られた人間が、自分で決めたと勘違いをしながら、ものごとが決まっていってしまうのです。だからこそ、これからの社会において、ビジネスや人生において、自らの目的や目標を定めるときに、コンピュータやスマホの背景に存在するAIなどのアルゴリズムに操られることなく、あなた自身が常に科学技術の上を行くための学びが必要なのです。例えば、生成AIはどんどんと高等な文章を作り、判断を下すようになっていきますが、そのなかにおいて、あなた自身がさらにその上をいく文章を書く力、判断を下す力をつけていかなければならないのです。そのために皆さんは、今日から慶應義塾大学で学び、一生涯学び続ける力をつけていかれるのです。

皆さんに対する慶應義塾大学の一番の自慢、それは、人間本位の最高の学者が揃っていることです。それぞれの専門分野を徹底的に究める。その作業において、学者たちは自らの頭脳をフル稼働して、あらゆる情報を、事実として信頼できる情報を集めて精査し、その中に存在する真実を見極めて社会に発表し、世界中の同僚と徹底的な議論を深めていくわけです。文学、哲学、芸術といった人文学の研究者は人間の真理を徹底的に追究しながら、私たちの人生の光と影を明らかにすることなどを通して、私たちに人生の意味や生き甲斐などを教え、苦しい時の拠り所となってくれます。社会科学者は、社会の本質をつかんで、中長期的な目線で私たちを正しく導いてくれます。理系で理論や実験に挑む学者たちは、新発見を通して、自然界の仕組みを明らかにしていきます。要は慶應義塾の学者たちは、最先端の科学技術のはるか上に存在する人間力を追求する人たちなのです。もちろん慶應義塾はAIや量子コンピュータ、バイオサイエンスといった先端科学技術も切り拓いていきます。最先端の科学技術や医学が身近に存在するからこそ、正しい人間のあり方や社会への応用が追究できる場になるからです。皆さん、皆さんがこれからの慶應義塾での授業、ゼミ、研究室で接していく教員はこのような学者としてのスーパースターたちなのです。皆さんが生涯にわたって人間らしく科学技術の上に存在し、社会に出ても新しいビジネスのうねりの常に上に存在する人間として活躍するための手本となるのが、皆さんがこれから接していく慶應義塾の教員です。授業やゼミでは、時には内容が濃すぎたり、皆さんの興味と合致しないと感じ、疑問に思う時があるかもしれませんが、そのような時こそ教員にチャレンジできることが大学の醍醐味です。どんどんと質問をして、教員の学者としての凄みを引き出して学んでください。教室での時間を最大限に活用してください。

さらに、全社会の先導者を目指すためには、どうしても世界に飛び出さなければいけません。そのために、慶應義塾大学は世界140以上の大学との交換留学やダブルディグリー制度等を用意しています。留学生として選ばれるために、英語の共通試験TOEFL・IELTSや、行き先の国ごとに異なる言語の共通試験で必要とされる点数を、できるだけ早く獲得して、世界で学ぶ目的や計画を自らの力で作り上げていってください。慶應義塾の協定校はどこも超一流ですので、どこに行っても大いなる学びが得られます。ランキングやネット上の「口コミ」に流されて選り好みすることなく、慶應義塾のすべてのパートナーを信頼して飛び出してください。そして一歩、世界に足を踏み出してみると、これからの全社会を健全に平和に発展させるためには、いかに一人ひとりの貢献が大切であるかを実感すると思います。学び続ける力は慶應義塾で養えたとしても、世界を正しく導くためのヴィジョンや人間性は、多彩な文化、人種、ジェンダーに混じって初めて得られます。とにかく世界に飛び出してください。

また、慶應義塾にはさまざまな体育会(運動部)やサークルなどの課外活動の場が用意されています。ここで多くの友に出会い、共通の目標に向かうチームワークを学び、一緒にものごとを成し遂げる達成感を経験することができます。ここ日吉キャンパスでは、すべての学部を対象として選抜された塾生が、社会の健全な発展のために「慶應義塾として取組むべきヴィジョン・目標・企画」を提言する、通称「塾生会議」が実施されています。2024塾生会議のメンバー募集も直に始まりますので、受け身ではなく能動的に自らの社会を作っていく活動に参加してください。

要は、慶應義塾大学が用意してきた、そして用意していくすべてのリソースを使い倒してもらいたいのです。履修案内やホームページやK-Supportのお知らせに掲載される様々な授業やイベントにアンテナを張り、大学生活を徹底的に豊かで有意義なものにしてもらいたいと思います。

本日の式典には、卒業50年を迎える大先輩方が出席され、皆さんの入学を一緒に祝ってくださっています。この大先輩方こそが、これまでの社会を正しく導いてきてくださった私たちのお手本であり、慶應義塾の誇りです。この先輩方と皆さんが一緒になって、本日の入学式の最後に慶應義塾の校歌である塾歌を斉唱します。1番から3番、どれも素晴らしいのですが、その2番、「往け 涯なきこの道を」で始まる歌詞が、社会の発展のために学び続けること、理想を追求し続けることを宣言する力強いものです。そのなかの一節「わが手に執れる炬火は 叡智の光あきらかに ゆくて正しく照らすなり」という部分に、私はいつも武者震いを覚えます。理想を追求するために、先導者たちは常に心に炬火をたき続けなければいけません。皆さんは在学中には野球の早慶戦の応援などの様々な場面で、そして、卒業後も三田会と呼ばれる同窓会などで何度も塾歌を斉唱することになります。この2番を歌うたびに、本日の入学式のこと、この日の決意を思い出してください。

これまでは前向きな話でしたが、最後に一点だけ注意です。慶應義塾において絶対に許されないのは、他人の尊厳を傷つけることです。慶應義塾の目的に「気品の泉源」とうたわれている以上、慶應義塾が求める気品のレベルは非常に高いもので、他人の尊厳を傷つけるようなことがあれば、法律で罰せられないレベルだとしても、慶應義塾では厳正に対処します。自由を謳歌しながらも、社会の手本となり、広く一般から共感され、応援される人間として羽ばたいてください。

今日、新入生の皆さんが、ここ日吉の丘に集まり、皆が揃って先導の旅路のスタートラインに立たれたことを心から喜び、私からの式辞とします。大学生活をとことん謳歌してください。本日は誠におめでとうございます。

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