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2021年度大学学部卒業式 式辞

2022年3月23日

慶應義塾長 伊藤 公平

本日卒業の日を迎えた皆さん、ご卒業おめでとうございます。ご家族の皆様にも心からお慶びを申し上げます。 卒業にあたり、皆さんが「数ある大学」の中から慶應義塾を選んだ理由を思い起こしてみてください。それぞれ異なる理由があると想像しますが、少なくとも共通していることは「慶應義塾の目的」に共感しているであろうということです。

「慶應義塾は単に一所の学塾として自から甘んずるを得ず。其目的は我日本国中に於ける気品の泉源、智徳の模範たらんことを期し、之を実際にしては居家、処世、立国の本旨を明にして、之を口に言ふのみにあらず、躬行実践、以て全社会の先導者たらんことを欲するものなり」

そう、皆さんは「全社会の先導者」をめざして勉学に励み、課外活動に精を出し、生涯の友と出会ってきたのです。慶應義塾の「義塾」とは英国のpublic schoolの訳で、まさに公共の発展に尽くすという高い志をもった学生が集まる塾ということです。高い志を持ち続けること、理想を追求し続けることは、それほど容易ではありません。社会を観察し、理解し、その中での自らの存在意義を見出さなければなりません。皆さん一人一人の存在意義は千差万別です。そして、皆さん一人一人の志や尊厳は、人間社会において何よりも尊いものです。これが独立自尊の精神です。自らの尊厳を保ち、自らの天性を「より高い志」、「より高い誓い」のために役立てる。だからこそ仲間の尊厳も尊重し、仲間と一緒に、社会の発展に尽くせるのです。一人一人が独立しながらお互いを敬うので、家族が立派に独立する、良い家族ができるということです。これが地域の独立、国家の独立、世界の独立、すなわち、よりよい社会、よりよい世界への発展につながります。一人一人の存在意義が極めて重要という点で、民主主義の理想を追求するのが慶應義塾ということです。今日卒業される皆さんが、これからどのような職、どのような役割を担っていくとしても、一人一人が先導者としてより良い社会を作っていく役目を、独立自尊の人として果たしていってください。

さて本日卒業する皆さんは、生涯にわたり「あのウクライナ危機の年に大学を卒業されたのですね」と言われ続けることになります。新型コロナウイルスパンデミックによって思い描いた塾生生活が2年間にわたり困難になったうえでのウクライナ危機ですから、まさに世界史の大転換期に、皆さんは先導者として大学から巣立っていくわけです。私は33年前の1989年に大学を卒業しましたが、その年には、天安門事件が起こり、ベルリンの壁が崩壊しました。中国の民主化運動が当局によって止められたのが天安門事件。一方、ベルリンの壁の崩壊は、その後の旧ソビエト連邦の崩壊と東欧諸国の独立と民主化につながりました。旧ソ連による最後の抵抗が、ベラルーシやウクライナなどの近隣諸国を自分たちの支配下に置く連邦体制の設立でしたが、ウクライナが早々に民主的な国民投票を実施し、圧倒的支持により独立を宣言したことで、連邦体制構想はなくなりました。これにより冷戦が終わり、民主主義が一気に勢力を拡大し、資本主義という枠組みのなかでの経済の発展を世界が重視し、テクノロジーも発展し、人権運動も活発になりました。今日この場には、今年卒業25年を迎える1997年卒業の先輩方が参列して、皆さんの門出を祝ってくださっています。その先輩たちが卒業した25年前、1997年は、香港が中国に返還された年であり、京都において国連気候変動枠組条約第3回締約国会議(いわゆるCOP3)が開催され、地球温暖化を止めるための国際条約「京都議定書」が採択された年です。要は、毎年のように歴史を左右する重要なイベントが発生してきたということです。ただ、本日卒業される皆さんが経験してきた、コロナとウクライナ危機は、実に桁違いの事象であり、次元が全く異なる歴史の一大転換につながるものです。よって、今ほど、皆さん、そして私達一人一人が先導者としての自覚と行動と責任を全うすることが大切なときはありません。皆さんが25年後、この卒業式の会場に卒業25年の卒業生として訪れるとき、それまでの25年間に自分たちが尽くしてきた努力に胸を張り、自分たちが築きあげてきた社会に誇りを感じて欲しい。そのためにも、この卒業の瞬間から、世の中を間違った方向にもって行こうとする勢力に毅然と抗い、社会を先導者として正しい方向に導いていってください。そのために私も心がけている重要な三つの要素を挙げてみたいと思います。

一つ目は、常に挑戦をするということです。現状に満足して自分の幸せを追求するだけでは利己主義に陥ると社会は後退します。新しいことに挑戦して、その中で社会の先導を意識するということです。何かに取り組む時、「それは先導につながるか?」を常に自らに問いかけてください。そして挑戦を支えるのは常に学ぶ力、まさに「学問のすゝめ」です。挑戦はいつも想定どおり進むとは限りません。しかし失敗を恐れて現状維持しかできないのであればそれは社会の後退につながるというのは申し上げた通りです。そして現状維持こそが相対的な劣化なのです。よって、人生をとおして挑戦を続け、そのために学びに精を出し、この学びが新たな挑戦につながるという好循環を達成して行ってください。

二つ目は世界に出るということです。自分の判断や行動が今後の全社会にどのような影響を及ぼすか?良い影響と悪い影響、さまざまな影響が考えられるわけですが、それらをすべて想像するためには、広い世界を知らなければなりません。広い世界に踏み出して、世界レベルでの知見とネットワークを有する先導者を一緒に目指しましょう。

三つ目。これが先導者として一番大切なことかもしれませんが、「祝福された先導者」になるということです。「この人と一緒なら楽しく自然体で新しいことに挑戦できる」「この人と一緒なら、明るい家庭、学校、会社、地域、国、世界が作っていける」と思ってもらえる人間を目指してください。常に前向きで、良い意味で楽観的に、「明日は楽しくなる」と思いながらも、高い志と誓いをもって誠実に人生を生きる。そしてその裏では、最悪の事態も想定して、さりげない準備を怠らないということです。家族や友人が応援してくれるということは大切なことですが、もっと大切なのが、知らない人からも応援されるということです。この人と一緒に仕事をしたい、活動をしたいと思われる人。大袈裟にいうと天までも味方につける人を目指そうということです。これこそが慶應義塾が目指す気風であり、私が考える「祝福された先導者」であります。

実はこの3つの要素、「常に学び続ける」、「世界に出る」、「祝福された先導者を目指す」は、私が塾長に就任したときに自らに与えた課題であります。そして私にとって大切な仲間である皆さんと一緒に達成したい目標です。一緒に社会を正しく発展させていきましょう。皆さん一人一人が、祝福された先導者として豊かな人生を歩まれることを心から祈願し、私の式辞といたします。ご卒業おめでとうございます。

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