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2021年度大学入学式式辞

2021年4月1日

慶應義塾長 長谷山 彰

新入生の皆さん、慶應義塾大学へのご入学おめでとうございます。

オンラインでご参加のご家族の皆様にも心からお慶びを申し上げます。

この記念館は慶應義塾創立150年を記念する建物で、昨年3月に完成しましたが、残念ながら、昨年の入学式は、新型コロナウイルス感染症の影響で対面での開催を中止せざるを得ませんでした。皆さんはこの新記念館で入学式を挙げる初めての新入生です。2020年度に入学した皆さんにはこの春学期、別途入学を歓迎するイベントを開催する予定です。

未だに感染症収束の兆しは見えていませんが、新学期開始に向けて、教職員が一体となって、皆さんが安心して学問に打ち込めるよう準備を進めています。新年度は安全対策を徹底した上で、対面型授業の割合を増やしますが、昨年の経験でオンライン授業にも一定の効果があることがわかりました。時間や距離の制約からの解放、反復学習やチャットを使った同時双方向の議論、あるいは、平日でも試合のある体育会部員や国内外で学術・芸術・スポーツなどの分野で活動する学生、フィールドワークや調査旅行の多い学問分野の学生、心身の不調など、色々な事情でキャンパスへの通学が困難な学生の学業継続が可能になります。そこで新学期は、対面型とオンライン型の授業を併用するハイブリッドな授業の実施を予定しています。

もちろん、教員との交流、仲間とのふれ合いは人格形成の上で重要な要素です。教室の中だけではなく、教室の外での多様な学びは、正課と課外を教育の両輪として人格の陶冶(とうや)を重んじる慶應義塾の教育の根幹です。文化・芸術、スポーツなど課外活動の安全な実施について現在学生団体の皆さんと協議しながら方策を練っています。

キャンパスでのリアルな学びの機会を増やすために大事なのは大学の関係者全員が「感染しない感染させない」という強い意志をもつことです。幸いにも慶應義塾ではこの1年間、授業や学生の活動の中でクラスターは発生していません。巷では自粛疲れで警戒感が緩んでいるようですが、慶應義塾は忍耐強く感染防止対策を続けてゆきたいと思います。

振り返ってみれば、慶應義塾の歴史は感染症と深い関係を持っています。慶應義塾の創立者である福澤諭吉は、若き日に大坂の適塾で学び、恩師緒方洪庵が大坂で流行したコレラの治療と治療法の普及に努めた姿をみています。また、慶應義塾創立の年、1858(安政5)年には、江戸でコレラが流行しました。この年は安政の五カ国条約が結ばれた年でもあり、海外から伝染病が持ち込まれたのではないかというので、攘夷運動の一因になったといわれています。このような体験から福澤は生涯、医学への強い関心を持ち続けました。その想いを受け継いだのが、ペスト菌を発見し、日本細菌学の父と呼ばれた北里柴三郎です。北里博士を初代医学部長とする医学部・病院では、今、「慶應ドンネルプロジェクト」が発足して、新型コロナウイルス感染症の解明と制圧をめざして多くの研究者、教職員が一体となって多面的な研究・医療支援を進めています。

コロナ禍が続く中で、慶應義塾に集う者すべてがこの歴史を共有して、それぞれの立場で感染防止に努め、大学が学問の府として継続できるように努力しなければなりません。感染拡大を防止するためには、市民一人一人の自覚と良識ある行動が求められます。何が正しい情報であるかを見極め、適切に行動する。このことは課題の本質を見抜き、解決法を探る学問の作法に通じることです。

それについて福澤諭吉創業以来今日まで活きている慶應義塾の伝統を表す言葉を二つ紹介したいと思います。それは「独立自尊」と「実学」です。慶應義塾の創立者である福澤諭吉は封建制下の人々が上からの指示や命令には従順でも、自ら考え自ら行動する習慣を持たないことを憂えて、学問を修め、世の中の流行に惑わされず、主体的に行動できる独立自尊の精神を持った市民の育成をめざしました。また学問はすべて実学であるべしと唱え、実学とは、「唯事物の真理原則を明(あきらか)にしてその応用の法を説くのみ」と説明しています。予想外の事態に遭遇したときに、学問の力によって事態の本質を見抜き、合理的な判断によって行動できる人材の育成、これこそが慶應義塾のめざすところです。

これから大学で学問を修める皆さんに心がけていただきたいのは「常識に疑いを持ち、批判的思考によって結論を導き出す」姿勢です。不自由な体で宇宙論に関する画期的な業績をあげて「車椅子の天才」と呼ばれたスティーブン・ホーキングは2018年に亡くなり、ロンドンのウエストミンスター寺院の一角にアイザック・ニュートン、チャールズ・ダーウィンという科学の巨人と並んで埋葬されました。そのときホーキングと関わりの深かったノーベル賞受賞者キップ・ソーンは次のような言葉でホーキングを称えました。「ニュートンはわれわれに答えを与えた。ホーキングはわれわれに問いを与えた」と。

「常識を疑い、答えを発見する努力を続ける」これが学問の本質です。皆さんはこれからそれぞれの学部で多くの科目を履修します。卒業には最低でも124単位が必要ですが、ただ単位を積み木細工のように積み上げても、それだけでは意味がありません。自ら問いを立て、得られた知識を融合して、自分の中で総合的な「知」を醸成すること、そして将来、その「知」の力によって社会的な課題、あるいは地球規模の課題の解決に貢献することが大学で学ぶ意義です。

日常生活の中でいえば、皆が一つの方向へ闇雲に走り出しているときに、これで良いのかと立ち止まって深く考え、たとえ自分一人でも正しい方向に歩き出すこと。逆に想定外の事態に人々が怯えうずくまっている時に、何か突破する方法はないかと知恵を絞り、立ち上がって歩き出すこと。いずれも勇気のいることですが、これが「独立自尊の精神」と「実学の伝統」が要求するところです。そして独立自尊は決して自分一人が大事という唯我独尊、自分が良ければ他人はどうでもよいという利己主義ではありません。自分を大切にすることで、はじめて人を大切にする気持ちが生まれることを含意しています。いつまでたっても新型コロナウイルス感染症の収束の兆しが見えない中で、社会にストレスが溜まり、いわれない差別や中傷、暴力事件も起きています。このような時には「自分に優しく、人にも優しく」という気持ちが大事です。独立自尊の気概を持つとはそういうことです。

最後にもう一つ、慶應義塾は1858(安政5)年の創立以来、理念を共有する有志の協力による民間私立の学塾として、幾多の混乱を乗り越え、日本を代表する総合大学に発展してきました。危機のたびに義塾を支えてきたのは学生である塾生、卒業生の塾員、教職員からなる社中協力の力です。新入生の皆さんは、単に教え導かれるだけの存在ではなく、今日から独立自尊の精神を重んずる慶應義塾社中の一員となりました。不安はあっても強い気持ちを持ってこれからの日々を送ってください。慶應義塾も皆さんの学業を守るためあらゆる支援を惜しみません。それでは、皆さんが慶應義塾の自由で大らかな気風の中で学問に励み、文化・芸術、スポーツなど色々な分野で体験を積み重ねて、豊かな学生生活を送ることを期待して、私のお祝いの言葉といたします。

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