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2020年度大学学部卒業式式辞

2021年3月23日

慶應義塾長 長谷山 彰

本日卒業の日を迎えた皆さんご卒業おめでとうございます。ご家族の皆様にも心からお慶びを申し上げます。

そしてこれまで卒業生を指導し、見守ってくださった教職員の皆様にも御礼を申し上げます。

昨年3月の卒業式は、新型コロナウイルス感染症の影響で、中止せざるを得ませんでした。あれから1年が過ぎて、ウイルスの性質も次第に解明され、徹底した安全対策と参加者の「感染しない感染させない」という強い意識があれば、一定の条件の下で行事を開催できることがわかってきました。本日も二部制に分け安全対策の工夫をした上で式典の開催が実現しました。皆さんはこの創立150年を記念する新記念館で卒業式をあげる最初の卒業生です。ただご家族の皆様には、安全対策の上からやむなく参加をご遠慮いただきました。何卒ご理解くださいますようお願い申し上げます。

2020年度、新型コロナウイルスの感染拡大で大学は大きな影響を被りました。本日卒業される皆さんは、キャンパスの閉鎖やオンライン授業への切り替えなどで、学業の継続に苦労したと思います。ゼミやサークルの仲間と会えない、友人と語り合うこともできない、体育会の部員は満足に練習ができず、試合も中止になるといった厳しい状況が続いたと思います。皆さんが、慶應義塾で学ぶ最後の年にこのような事態になったことは本当に残念ですが、不自由な状況の中で、困難に耐え、学問の継続に努力されたことに心から敬意を表します。

この場にも多方面の活躍で表彰される塾生が参加しています。苦しい状況の中で、塾生が学術・文化芸術・スポーツ活動に活躍している姿を見て、私は心からうれしく、また誇りに思います。

ところで、新型コロナウイルス感染症については、一方でワクチン接種が始まって収束への期待が高まっていますが、他方では、変異ウイルスによる感染拡大が懸念されるなど事態は複雑な様相を呈しています。より強い規制や罰則強化を望む声があれば、あるいは何を信じて良いかわからない、どうしてよいかもわからない、とにかくもう自粛はいやだという悲鳴も聞こえてきます。市中では感染症への警戒感が緩みはじめているようです。しかし、この時にこそ不確かな情報に惑わされることなく、自らの判断で適切に行動することが大切です。

かつて慶應義塾の創立者である福澤諭吉は封建制下の人々が上からの指示や命令には従順だが、主体的に行動する習慣を持たないことを憂えて、学問を修め、世の中の流行に惑わされず、主体的に行動できる独立自尊の精神を持った市民の育成をめざしました。想定外の事態に遭遇した時に、学問の力によって事態の本質を見抜き、自らの判断によって正しく行動することが大事です。

新型コロナウイルスの感染拡大から1年たって、巷には色々な言説があふれていますが、感染防止の基本は、1年前と何も変わっていません。マスク、手洗い、うがいの励行、当たり前のことを個々人が根気よくやり続けることが、自分の身を守り、また他人の命を守ることに通じます。

このことは災害時の対応でも同じです。今年は東日本大震災から10年の節目ですが、2011年の津波被害の後、「津波てんでんこ」という言葉が紹介されました。「てんでんこ」は「めいめいで」という意味の方言なので、字面から言えば、「津波の時はとにかくめいめいバラバラに逃げろ」という意味になります。1990年に津波被害の大きかった岩手県の田老町、現在の宮古市で開かれた「全国沿岸市町村津波サミット」で、標語として取り上げられて有名になりました。他人にかまわず一人だけ逃げるのは利己主義だという批判もありましたが、離れて住んでいる家族を探しまわっている間に被災したり、上司や先生の指示を待って躊躇していたために津波に巻き込まれた悲しい例があることを反省して、日頃から信頼関係を醸成した上で、万一の時には、いち早く高台に走ることが自らを救い、他者に避難を促す効果もあると評価されたそうです。

危機に遭遇した際に、指示や命令がなくとも、それぞれが自らの判断で適切に行動することで、結局は皆が助かる。敷衍すれば、独立自尊は決して唯我独尊、我一人を尊重して他者を顧みない姿勢ではなく、むしろ自立して自分を大切にすることで、他人の尊厳を守る気持ちが生まれるということです。

東日本大震災の後、絆という言葉も盛んに用いられるようになりました。今、コロナ禍によって世界中の人々が孤立する中で、ICTなどのテクノロジーを利用して「絆」を取り戻そうとする動きが数多く生まれています。そしてテクノロジーが移動時間や地理的な制約を超越する中で、これまでにない新しい絆も生まれています。世界の大学も、より高度なオンライン型と対面型のハイブリッドな教育研究モデルを開発し、これまで以上に、留学生や研究者の交流を盛んにしたいと動き始めています。

今日この場には、今年卒業25年を迎える1996年三田会の会員・代表の皆さんが参列しています。卒業生の門出を祝い、後輩の塾生を支援するために募金活動を展開してくださった皆様の温かいお気持ちに感謝申し上げます。

1996年は、IBMのコンピューター「ディープ・ブルー」が初めてチェスの世界王者を破って話題になった年です。今や、AI付きコンピュータがチェスや将棋のプロを軽々と打ち負かす時代になって、テクノロジーが人類の脅威になるのではないかという声も聴かれますが、テクノロジーを活用して再び人と人との絆を取り戻すことが、未来に続く道です。

福澤諭吉は「世の中に最も大切なるものは人と人との交り付合なり。是即ち一の学問なり。」という言葉を残しました。コロナの時代にも通じる言葉だと思います。

慶應義塾は有志の協力による民間私立の学塾として出発し、幾多の困難を乗り越えて発展してきましたが、その基盤にあったのは塾生、塾員そして教職員からなる社中の協力でした。本日卒業される皆さんは、明日から塾員となり、慶應義塾を支え、社会に貢献する立場になります。長い人生の中で、これからも想定外の事態に遭遇することは多いと思いますが、危機に際して、恐怖に身をすくめ、うずくまっているのでなく、不安を抑えて立ち上がってください。

皆さんには、救いの手が差し伸べられるのを待つのではなく、救いの手を差し伸べる人間になってほしいと願っています。それが独立自尊の精神を標榜し社会の先導者たることを目的とする慶應義塾に学んだ者の責務です。

それでは皆さんが独立自尊の精神をもって困難を乗り越え、良い人間関係をつくり、豊かな人生を送られることをお祈りして、お祝いの言葉といたします。ご卒業おめでとう。

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