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第186回福澤先生誕生記念会年頭の挨拶
「苦難の時代における慶應義塾」

2021年1月10日

慶應義塾長 長谷山 彰

皆様、新年おめでとうございます。

今年も新型コロナウイルス感染症の拡大による厳しい状況の中で、このように福澤先生誕生記念会を開催できますことを、たいへん嬉しく思います。

福澤研究センターに確認をしていただきましたところ、戦中の昭和20年1月、今年は開催が難しいのではないかという状況の中で、時の小泉信三塾長の音頭で12名の参加者でこの会が開かれたということを伺いました。このような厳しい状況を乗り越えてこの会が続くというのは、義塾の存続を象徴することだと思います。たいへん嬉しく思います。本日は安全対策上、参加者を限定していますけれども、この三田キャンパス西校舎ホールに教学を代表する学部長、一貫教育校の学校長の皆さん、そして常任理事の皆さん、また塾員、経営体の代表として岩沙弘道評議員会議長にも参加していただいております。

また何よりも、本日は福澤家を代表して福澤雄吉様にこの会場にお越しいただき、後ほどご挨拶を頂戴します。こうした制約の多い中で福澤家の代表にご参加いただいていることはたいへん意義深いことと思います。厚く御礼を申し上げます。

新型コロナウイルス感染症への対応

さて昨年は、慶應病院開院100年という記念すべき年でしたが、新型コロナウイルス感染症の影響によってお祝いムードというものはなく、信濃町キャンパスでは、医療関係者が文字通り命がけの闘いを続けました。医師・看護師その他多くの医療従事者の皆さんは、ご自身が市民として日常生活に大きな制約を受けているにもかかわらず、職場ではプロフェッショナルとして献身的に危険に身をさらして使命を果たし、心身ともに疲弊する日々を送っていらっしゃいます。

慶應義塾のすべての関係者が皆さんのご尽力に敬意を表し、感謝し、そしてエールを送っているということをお伝えしたいと思います。

各地の三田会もほとんどが開催できず、連合三田会大会も中止せざるを得ませんでした。本日開催される予定であった大阪慶應倶楽部、京都慶應倶楽部の福澤先生誕生記念会も中止となっております。色々な影響を受けている各地の三田会の皆さんに心からお見舞いを申し上げます。

昨年の春以降、一貫教育校や大学では、卒業式や入学式等の行事を延期ないし中止し、その後、一貫教育校では授業をオンラインに切り替え、あるいは分散登校を実施し、大学でもオンライン授業に切り替えて学問の継続を図りました。秋学期は一貫教育校では変則ながら通常授業を再開しましたけれども、大学は対面授業は一部に留まっているという状況です。

海の向こうのニューヨーク学院(高等部)では昨年3月の早い時期に感染症拡大を見越して生徒を帰省させて、そして現在に至るまでオンライン授業を継続しています。学生数の多い大学では各学部が連携して、教育の継続に向けて工夫を重ねてきました。

法人も大規模なオンライン授業を可能にする通信環境の整備、授業支援システムの強化、施設の安全対策を行い、また塾生の通信環境整備、経済支援を実施するなど、教学部門と法人部門の連携によって学問の府としての機能を守ることができました。今日は教学部門の代表として学部長が会場に参加されていますが、すべての教員の皆さんの献身的な努力に対して感謝を申し上げたいと思います。

また、法人部門では、職員の皆さんが在宅勤務、テレワークといった新しい働き方、制約の多い状況の中で業務の継続に努力し、教育・研究・医療の現場を支えてくださいました。皆さんの献身的な努力に対して厚く御礼を申し上げます。

逞しかった塾生の活躍

塾生もまた不安を抑え、学問の継続、大学生活の継続に努力してくれました。医学部の学生が作成した詳細な感染防止ガイドラインを全塾協議会の学生がWeb上で配信するという取り組みがありました。SFCでは、7月に塾生が先端技術を駆使したバーチャル七夕祭を実現させました。その後、オンラインで矢上祭、芝共薬祭、四谷祭が開催され、11月には、三田キャンパスでイベント会場と観客をオンラインで結ぶハイブリッド型の三田祭が開催されています。

一貫教育校でも各校がオンラインを活用した学習発表会・演劇会、文化祭、安全対策をとった運動会などの行事を実現しました。体育会の部員は満足に練習もできないという状況の中で試合に臨み、それにもかかわらず、多くの部が優れた戦績をあげ、年末の体育会優秀選手塾長招待会(2部制でマスク装着、着席、飲食を伴わない式典のみの形式で実施)には300名を超える選手を招くことができました。

そのほか新たな交通システム「自走型ロープウェイ」を開発した理工学部生、芸術と科学のコラボレーションを追求して演奏活動をする医学部生、囲碁の学生女子日本一に輝いた文学部の学生などがいます。障がい者と技術者がチームを組んで挑戦する第2回「サイバスロン国際競技大会」では、学生も参加する慶應義塾大学理工学部のチーム、「KEIO FORTISSISSIMO」が電動車椅子部門で世界第3位に入賞するという快挙もありました。

苦しい状況の中で、塾生が学問に、文化芸術活動に、スポーツに活躍している姿を見て、私は心から嬉しく、そして誇りに思います。

医療現場の窮状や塾生の困難な状況を知って卒業生も立ち上がり、評議員会や連合三田会を中心に緊急医療支援や学生の修学支援のために募金活動を展開するなど物心両面で慶應義塾を支えて下さっています。

慶應義塾は有志の協力による民間私立の学塾として発足し、戦争や災害など幾多の困難を乗り越えて発展してきましたけれども、その基盤にあったのは塾生、塾員そして教職員からなる社中の協力です。今回も社中協力の精神が見事に発揮されているということに私はたいへん感銘を受け、そして心から感謝しています。

「人間交際(じんかんこうさい)」を支えるテクノロジー

将来に目を向ければ、新型コロナウイルス感染症の影響によって、今後、社会の変化が加速するということは間違いありません。テレワーク、リモートワーク、在宅勤務といった言葉に象徴される働き方改革やDX(デジタルトランスフォーメーション)は大学においても課題になります。

客観的なデータに基づいて新しいアイデアのメリットとデメリットを分析した上で、働き方のあるべき姿を模索し、それによって育児や介護などさまざまな負担の軽減を図るとともに、義塾で働くすべての人がその能力を余すところなく発揮し、同時に豊かな人生を送ることができるよう改革を進めなければなりません。

教育研究の面では今、世界の大学がオンライン型と対面型のハイブリッドな新しい教育研究のプラットフォーム開発に力を入れています。慶應義塾でも大規模なオンライン授業実施の経験をもとに、新たな世界標準に適合すべく、授業支援システム(LMS)の充実や、ICTのインフラ整備、システムやセキュリティの強化を続けています。急速に進歩するAI、IoT、ロボティクス等のテクノロジーが人類の脅威になるのではないかという懸念の声もありますけれども、テクノロジーと人間の調和を図ることがこの危機を乗り越え、新しい社会をデザインすることになります。

他方で、テレワークやオンライン授業で人間関係が希薄化することを防がなければなりません。「世の中にて最も大切なものは人と人との交わり付き合いなり。これ即ち一つの学問なり」という創立者福澤諭吉の言葉どおり、人と人との間をつなぐ「人間交際(じんかんこうさい)」は慶應義塾存立の根幹です。改革の中心に人間を据えた上でテクノロジーを活用し、人文科学・社会科学・自然科学の領域を包摂する科学と人文学の連携によって社会に貢献する、これこそが総合大学としての慶應義塾の使命であると考えます。

文化の発信拠点としての2つの展示施設

今、塾内では変化に対応する新しい取り組みが始まっています。代表的なものだけを申し上げれば、信濃町キャンパスでは、初代医学部長・病院長の北里柴三郎のあだ名「ドンネル(ドイツ語の雷)先生」にちなむ「慶應ドンネルプロジェクト」が発足して、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の解明と制圧をめざして、多数の研究者が基礎・臨床一体となって研究を進め、教職員がチームを組んでそれを支える大規模な複合プロジェクトに発展しています。

SFCでは未来創造塾のイースト街区が完成し、ウエスト街区の建設がはじまります。学生や留学生の宿泊場所という寄宿舎の既成概念を破って、オンラインと滞在型のハイブリッドな学びや研究で世界とつながる未来創造塾は、個性的なデザインの建物群の景観とあいまって、大学寄宿舎のモデルになることが期待されています。

三田キャンパスではこの春、日本の近代化と共に歩んできた慶應義塾の歴史を展示する「福澤諭吉記念慶應義塾史展示館」と、デジタルとアナログが融合した教育研究の場であり、世界に向けた文化の発信拠点となる新しいタイプの博物館「Keio Museum Commons(KeMCo)」の2つが、義塾の伝統と進化を象徴する双子の展示施設として開館します。

そして現在、東京歯科大学と慶應義塾の間で歯学部の統合と法人合併の協議が開始され、2年後には慶應義塾大学歯学部が誕生する予定です。これによって、慶應義塾は日本の総合大学では唯一、医療系四学部を擁する大学になります。歯学の領域は、代謝、炎症、老化、がんなど多くの疾患や健康維持に関連していますから、医学と歯学が連携することで、健康長寿社会の実現に貢献する総合的な医学医療の発展が期待できます。

感染症との闘いの先を見据えて

さて、現在新型コロナウイルス感染症の拡大で不安の多い日々が続いていますが、不安は人の心を萎縮させ、脅威を実像よりも大きくみせます。慶應義塾の歴史を振り返れば、慶應義塾創立の年、安政5(1858)年は江戸でコレラが流行していました。大坂でコレラの治療法普及に努めた緒方洪庵を師と仰ぎ、病院設立を念願とした福澤諭吉、その思いを実現させた日本細菌学の父北里柴三郎の伝統を受け継ぐ私たち慶應人は、誤った情報や揺れ動く世論に惑わされることなく、独立自尊の気概と科学的合理精神をもって感染症と向き合い、忍耐強くこれを克服する努力を続けなければなりません。

感染症を侮らず、しかし恐れず。今年は、この危機を乗り越えて慶應義塾が一回り逞しく成長する年にしたいと願っています。ご参加の皆様におかれましては、今年も慶應義塾に対してご理解とご支援を賜りますようお願い申し上げて、そして皆様のご健康とご活躍をお祈りして福澤先生の誕生日を記念するご挨拶とさせていただきます。

(本稿は2021年1月10日に開催された第186回福澤先生誕生記念会における長谷山塾長の年頭挨拶をもとに構成したものである)

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