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第185回福澤先生誕生記念会年頭の挨拶
「グローバル化の中で伝統を守り、進化する」

2020年1月10日

慶應義塾長 長谷山 彰

オリンピック・パラリンピックの年を迎えて

あけましておめでとうございます。皆様とご一緒に第185回目の福澤先生誕生記念会を賑やかに開催できることを、心から嬉しく思います。

また本日は福澤家を代表して福澤武様にご臨席いただいております。厚く御礼を申し上げます。

今年、2020(令和2)年はいよいよ東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。慶應義塾は過去、延べ130人以上のオリンピック・パラリンピック選手を輩出してきましたが、特に、大正9年のアントワープ大会では塾員の熊谷一弥選手がテニスのシングルスとダブルスで銀メダルを獲得して、これが日本人のオリンピック・メダル獲得第1号となりました。前回、2016年のリオ・オリンピック・パラリンピックでは、義塾から在学生2人、卒業生2人、そして指導者として1人、計5人が参加しています。今回も義塾関係者の活躍を期待したいと思います。

ところで1964(昭和39)年の東京オリンピックは国民のすべてが歴史の証人になったといえるほどの盛り上がりをみせましたが、その背景には、1956年の経済白書が「もはや戦後ではない」と誇らしく宣言したように、高度経済成長がはじまって、日本の将来への明るい希望があったからだと思います。現に1955年から1973年まで日本は経済成長率年平均10%以上という驚異的な成長を続けました。

東海道新幹線の開業、そして国立競技場や武道館、駒沢競技場、首都高速道路建設など象徴的で目に見えるモニュメントが沢山出現したことも国民に強烈な印象を与えたと思います。

慶應義塾も、1958(昭和33)年、竣工したばかりの日吉記念館で盛大に創立100年を祝いました。創立90年式典がまだ瓦礫の山が残る三田キャンパスのテントに昭和天皇の親臨を仰いで挙行されたことと比べると、東京オリンピックの頃には義塾の戦後復興が一段落していたと言えます。

また1964年には、東京五輪音頭がはやりましたが、その歌詞に「西の国から東から(アチョイトネ)、北の空から南の海もこえて日本へどんと来た(ヨイショコーリャどんときた)」という一節がありました。その頃は羽田空港や横浜港が海外からの観光客が到着する玄関口でしたが、今は成田、関空はもちろん日本中に国際線を持つ空港が増えて、観光地が海外からの観光客で溢れています。観光客を除いた中長期在留、定住外国人の数でいっても、2019年6月末段階では約283万人で過去最高と発表されています。

慶應義塾は今回の東京オリンピック・パラリンピックに際して、イギリスのオリンピック・パラリンピック選手団の事前キャンプを受け入れていて、すでに多くの種目の選手が日吉キャンパスを訪れ、塾生との交流も行っていますが、これも1964年当時と比べて日本全体の国際化が進んでいることの現れと思います。

グローバル化が進む中での大学の役割

そして、このことが象徴するように、ヒト・モノ・カネが国境を越えて流動するグローバル化の中で、大学が生き残り、さらに発展するためには世界標準に適合しながら個性を持つことが求められています。

慶應義塾の個性とは何か。それは民間有志による義塾の伝統を守りながら、日本の近代化と共に歩み、近代化のために必要な高度人材を社会のあらゆる分野に送り出してきたことです。

特に産業界に多くの人材を送り出して「財界の慶應」と言われる伝統は健在ですが、今や政界、官界、学界、芸術界、スポーツ界と卒業生の活躍の場は広がっています。しかし、これまでの成果に安住することは許されません。

伝統を守りかつ進化する。これまでの教育・研究・医療の成果を基盤にしつつ、時代の変化にあわせてその水準をより高めていくことが求められています。

世界標準への適合といえば、その一環として、地球規模で生じているさまざまな課題を学問の力によって解決できるよう文系・理系、あるいは学問分野や学部・研究科の垣根を越えた学際的な研究体制の強化が必要です。

最近、良く耳にするキーワードがSDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)です。国連が定めた持続可能な開発のための目標のことで、気候変動、飢餓、貧困、水、エネルギー、人と国の不平等、ジェンダー、平和と公正などの17のグローバル目標と169のターゲットからなる開発目標をさします。これらの課題解決に取り組むことは、政治・経済の分野だけではなく、大学の使命でもあるという認識が世界の大学の間に広がっています。

THE(Times Higher Education)が、2019年4月3日に発表した“University Impact Rankings”(大学のインパクトランキング)において、慶應義塾大学は世界91位にランクされました。義塾のほかに世界トップ100位以内に入った日本の大学は、京都大学、東京大学だけです。そしてこのランキングの指標はまさに、国連が提唱している17の“SDGs”のうち11の目標についての貢献度でした。

義塾は「パートナーシップで目標を達成しよう」、「すべての人に健康と福祉を」、「産業と技術革新の基礎をつくろう」、「平和と公正をすべての人に」の各項目で高評価を得ましたが、これは総合大学としての慶應義塾のさまざまな取り組みが評価された結果です。

文理融合研究の拠点を構築

最近では、2016年に分野横断、学際的な研究の拠点として、グローバルリサーチインスティテュート(KGRI, Keio University Global Research Institute)を設置しました。同時に、地球社会の持続可能性を高めることを目指し、人文・社会科学から自然科学まで幅広い学問領域の研究者を擁する総合大学としての強みを活かして、「長寿(Longevity)」「安全(Security)」「創造(Creativity)」の3つのクラスターを設けて、文理融合研究推進の方向を打ち出しています。

クラスターの研究プロジェクトでは、単一の学問領域ではなく複数の学問領域の研究者による最先端の研究によって、社会が抱える諸問題の解決につなげることを目標としています。

またKGRIは研究機関であると同時に教育機関でもあります。学際的な研究を生み出すためには研究者がそこにこもって自身の専門に打ち込む研究室だけではなく、研究者と研究者、あるいは研究者と若い大学院生が集い、議論し、知的な談話を楽しむサロンが必要です。歴史的にみて大学には必ず食堂、喫茶ラウンジ、娯楽室などコモンスペースがありますが、これからは研究者が集い、語らい、互いが触媒となって新しい知を生みだす研究者のためのコモンルーム、いわばリサーチコモンズとでも呼ぶべき施設が必要です。

しかし、KGRIはまだ研究所としては小規模なもので、コモンルームどころか十分なラボも持っていません。巨大なバーチャル組織という表現がふさわしい研究所です。これを十分な施設・設備を備えたリサーチコモンズとしてのリアルな研究所に発展させることが必要だと考えます。

次のパリ・オリンピックが開催される頃には、そこに、世界中から研究者が集い、文理融合研究の拠点として学際的研究を展開し、また次代を担う大学院生、若い研究者を育成する施設を創設することをめざしたいと思います。

大学院教育の充実を目指して

合わせて、現在ある各キャンパスの大学院の充実を図り、研究人材と高度専門職業人の両方を育成できる大学院教育のモデルを創出することも必要です。三田キャンパスでは、昨年、大学院棟にある大学院生の研究スペースの大幅なリニューアルを実施しましたが、大学院生が研究に集中できる個人的な空間と、共同して学問的な議論を展開できる共用空間の両方の整備をこれからも続けていきたいと思います。

また、大学院生、特に博士課程学生はもはや学生ではなく研究者として位置づけ、必要な経済支援やキャリア形成支援を行うために、現在あるRA雇用、研究奨励助教枠の拡大、奨学金制度の充実を進めます。

それと同時に大学院生が地球規模の課題解決を目指す学際的研究に従事し、海外でも研究成果を発信して活躍できるよう、各研究科を横断する形で大学院教育の国際的なコースを設置する構想を検討中です。

すでに5年間で修士号2つ、博士号1つの取得をめざし、義塾の教員と産業界・行政機関からのメンター教員が協力して文理融合、海外インターンシップや留学等を含む学際的な教育も行い、研究機関だけではなく広く社会で活躍できる博士人材育成をめざすリーディング大学院が活動しています。これに加えて、これまで同様、国際化の出島を創るのではなく、全ての大学院生が参加できるコースの形をとることで、学部段階でのGICやGIGA、PEARLなどの基礎の上に、外国語によって学際的な分野を学び、あるいは日本の歴史や文化を世界に発信できる人材を養成する大学院を創設する発想でいきたいと思います。

現在、一貫教育校においても欧米のパブリックスクール、ボーディングスクールへの派遣留学制度を高校段階からさらに中学校、小学校段階まで拡大して国際化の推進に努めていますが、最終的に義塾の教育における小学校から大学院まで一貫した国際性の向上を実現したいと考えています。

慶應義塾ミュージアム・ コモンズの開設

ところで、昨年4月、三田キャンパスでは新しい展示施設の建設が始まりました。すでにプレスリリースなどでお示ししてきましたが、新しい施設は、慶應義塾ミュージアム・ コモンズ(英語名: Keio Museum Commons=KeMCo)(仮称)と命名されました。特徴は慶應義塾が得意とする先端的なIT技術を駆使した、アナログコンテンツとデジタルコンテンツの融合による教育研究発信拠点としての機能を持つことにあります。人文学の拠点であり、かつ文理融合の研究発信力を持つ施設を今年中にお披露目できると思います。

これと並行して、昨年6月に耐震工事が完了した、旧図書館の一部を改修して、義塾の創立者福澤諭吉の事績を中心に慶應義塾の歴史を物語る展示施設とする工事が進んでいます。こちらもすでに名称が定まって、福澤諭吉記念慶應義塾史展示館となりました。今年秋にKeMCoと合わせてお披露目できる見通しです。東京オリンピック・パラリンピックの年に三田キャンパスに慶應義塾の伝統を象徴する博物館と義塾の進化を象徴するKeMCoがツインタワーのように誕生することになります。

そして、日吉キャンパスでは、記念館の建て替え工事が順調に進んでいます。外観規模は周囲の景観との調和を意識して前の記念館と比べてそれほど大きくなっていませんが、内部は格段に広くなっています。今年3月に竣工して、今年の卒業式、入学式は新記念館で挙行する予定です。塾員の皆様には大変ご不便をおかけしましたが、今年の秋の連合三田会大会は新しい記念館で賑やかに開催されることを期待しています。

研究・塾生支援のインフラ整備

最後に、2018年のこの会で、義塾の年間の研究費は公的な補助や、受託研究などすべて合わせて200億円程度ですが、その中に占める自己資金比率は3%未満と主要大学のなかでも少ない額であること、自己資金の充実によって、長期継続的な研究支援の基盤を固めたいという希望を述べました。

そのため、現在、教員の日々の研究を支える基盤的な資金である福澤諭吉記念学事振興基金と塾生の学習、体育会活動を支える小泉信三記念学事振興基金の拡大をめざしてキャンペーンを展開中です。

2017年段階で、福澤基金は残高18億円、小泉基金14億円、合わせて32億円でした。また、いろいろな形でご寄付いただいた資金を組み入れる、第3号基本金が2017年に650億円程度であったものを、義塾創立200年までに1000億円程度に増やしたいとお話ししました。

2019年の段階で、福澤基金24億円、小泉基金20億円、合わせて44億円、第3号基本金も約730億円に増加しています。

このほか、塾生の経済支援を目的とする大型の奨学基金として、慶應義塾維持会基金による奨学事業がありますが、これは長期継続的に寄付金が組み入れられていて、現在、40億円ほどになっています。今後は、福澤基金、小泉基金、維持会という3本の柱で教育、研究、塾生支援のインフラ整備を進めていきたいと考えています。

福澤基金・小泉基金の募金キャンペーンが始まってから、塾員を中心に企業、団体など多くの皆様のご協力で、順調に募金活動が進んでいます。この場をお借りして深く感謝を申し上げます。

以上、新年早々ということで、義塾の近況や今後の抱負を長々と語って参りましたが、これを初夢に終わらせることのないよう、一貫教育校、学部・研究科、研究所の教学部門と法人部門が車の両輪となって夢の実現に力を尽くして参りますので、今年も皆様のご理解とご支援を賜りますようお願い申し上げます。

そして、今年1年、皆様のご健勝とご活躍をお祈りして私のご挨拶と致します。

(本稿は2020年1月10日に開催された第185回福澤先生誕生記念会における長谷山塾長の年頭挨拶をもとに構成したものである)

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