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2017年度大学卒業式式辞

2018年3月26日

慶應義塾長 長谷山 彰

2017年度ご卒業の皆さん、おめでとうございます。別会場で式の様子をご覧頂いているご家族の皆様にも心からお祝いを申し上げます。

慶應義塾の創立者である福澤諭吉は、封建的な身分制度を打破して日本の近代化を進めるためには、学問を修め、生業を持ち、世の中の流行に惑わされず、主体的に自分の人生や世の中の進むべき方向を考えることのできる独立自尊の人材育成が必要であると考えました。

そして、自らの理想実現のために慶應義塾を創立しましたが、そこでは書物を読むだけではなく、総合的な人格の陶冶を目指す学問を大切にしました。

『福翁自伝』の中で回想しているように、大阪の緒方洪庵の適塾で学んだ書生時代には、机の前で昼夜を分かたず読書と勉学に励み、眠くなれば腕枕で仮眠し、目が覚めれば勉学を再開するという学問漬けの生活を送りましたが、後年、慶應義塾を開いて自ら若者の教育を始めると、学生の心身のバランスを何よりも重視しました。150年前、明治元年の学則には「午後晩食後は、木のぼり、玉遊などジムナスチックの法に従ひ種々の戯いたし、勉て身体を運動すべし」と定めていますし、幼稚舎生にはお馴染みの「まず獣身を成してのちに人心を養え」という言葉も残しています。

それから150年間、慶應義塾は現在に至るまで、授業を中心とする正課と教室外でのさまざまな課外活動とのバランスのとれた教育を大事にしてきました。皆さんも教室での授業はもちろん、図書館やキャンパスのあらゆる空間で、あるいはキャンパスの外や遠く海外で、さまざまな学びを体験したと思います。慶應義塾では卒業式の表彰で、学業成績優秀者に加えて、正課外の学術、文化芸術、スポーツと多彩な才能をもって活躍した諸君が表彰されます。これは慶應義塾ならではの式次第です。

ところで、現在のように変化の激しい時代には、予想もしない事態に遭遇した時にそれを乗り越える力が必要になります。

問題の本質を見抜く洞察力、問題を解決する創造力、異文化を理解し、異文化衝突を平和的に乗り越えるコミュニケーション能力、そして宗教や民族を超えた、人間としての普遍的な倫理観を備えなければなりません。皆さんが慶應義塾で体験した多様な学びはそのような能力を育ててくれたはずです。

社会でさまざまな問題が頻発し、現在の体制や制度について人々が疑問を持ち、変化を求め始めている時代において、最も危険なことは、市民が自らの思考を停止し、他者の思考や声高な言説に行く手を委ねることです。皆さんは、世の中の流行に流されたり、人の言葉に惑わされたりするのではなく、事の本質を見抜き、自らの判断で自分の人生を切り拓いていってください。

ここで振り返ってみると、皆さんの入学式は日吉の記念館で行われました。記念館は義塾の創立100年を記念して昭和33年に建てられ、入学式、卒業式、塾員の同窓会である慶應連合三田会大会と色々な行事に使われ親しまれてきました。昭和37年には体育会創立70年の記念式典で、小泉信三元塾長が「練習は不可能を可能にする」という体験、フェアプレイの精神、生涯の友がスポーツが与える3つの宝である、という義塾の歴史に残る講演を行ったのも日吉の記念館でした。

創立150年記念事業の一つとして、昨年秋から建て替え工事に入っているため、今年は卒業式が日吉記念館ではなく、臨時に、ここパシフィコ横浜で行われています。少し寂しい気もしますが、よく考えてみれば、ここ横浜は慶應義塾にはゆかりのある地です。蘭学を学び、江戸で蘭学塾を開いていた福澤諭吉が横浜山下の「外国人居留地」を訪れて、これからは英語、英学の時代であると見抜き、英学に転換したエピソードのある土地です。それまで非常な労力を掛けて学んだ蘭学から、英学への転換を決断し、すぐに江戸で英語の教師を求め、無理とわかると独学に励みました。福澤諭吉25歳の時です。若さのもつ柔軟さ、失敗を恐れない勇気のなせるわざといえるかもしれません。

ところで、卒業式の場が日吉から横浜に変わっても変わらないことがあります。それは卒業25年の塾員の皆さんが参列してくれていることです。慶應義塾では卒業式には卒業25年、入学式には卒業50年の塾員を招待し、後輩の門出を祝い、また後輩を支援するために記念事業として募金活動を展開してくださる伝統があります。後でご紹介しますが、今年は1993年の卒業生が卒業25年を迎え、一昨日2000人近い参加者を集めて、1993年三田会の大同窓会が開かれました。卒業25年といえば、皆さん、社会の各分野で、中堅として活躍している時期です。目の回るような忙しさの中で、後輩のために時間を割き、1年をかけて記念事業の活動を続けてくださいました。このような塾生と塾員、教職員の絆による社中協力の精神が私学である慶應義塾の基盤です。

別会場にいらっしゃるご家族の皆様におかれては卒業生と同じ会場で卒業を祝いたいというお気持ちは山々と思いますが、義塾の伝統に御理解を頂ければ幸いです。

福澤先生は「世の中にて最も大切なるものは人と人との交わり付き合いなり。これ即ち一つの学問なり」という言葉を残していますが、その言葉どおり、慶應義塾の卒業生は社会に出て新しい人間関係を積極的に築きながらも、義塾を懐かしみ、三田会活動を通じて仲間との懇親を深め、後輩を支援しています。

残念ながら皆さんは日吉記念館で卒業式をあげられませんが、先輩に見守られた横浜での式典は前途に明るい希望をもたらしてくれると信じます。2020年東京オリンピックの年には、創立150年を記念する新しい記念館が竣工します。いずれ卒業25年を迎える皆さんはその記念館に塾員として招待されます。

皆さんが、慶應義塾の卒業生としての誇りを胸に日々充実した人生を送り、卒業25年には日吉の丘で後輩を見守ってくださることを期待して、私の式辞といたします。

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