かつての慶應義塾大学の卒業生はあまり国家公務員を目指さなかったように思う。データを見て言っているわけではないのだが、国立大学の卒業生が国家公務員を目指すのが昭和では当たり前だった。
ところが現在では慶應義塾大学の卒業生も以前より多く国家公務員になっている。象徴的には防衛省の事務次官は増田和夫さん、大和太郎さんと二代続けて塾員だし、外務省の駐米大使の山田重夫さんも塾員だ。法務事務次官を経てまもなく検事総長に就任される川原隆司さんも塾員だ。
SFCの卒業生は一期生でもまだ50代半ばなので、霞が関の官庁の幹部クラスが出てくるのはもう少し先だろう。しかし、そう遠くないかもしれない。
先日、一期生で警察庁で仕事をしている小笠原和美さんと対談する機会があった。2020年から2022年には総合政策学部で教えてくれた。今年の総合政策学部の1年生は「総合政策学」の授業でも話を聞く機会があったはずだ。
対談は『三田評論』2026年7月号のためで、5月に話を聞いた。当初の予定では1時間程度のはずだったが、話が弾み、実に3時間に及んだ。編集部によれば最長記録らしい。紙面の都合から、掲載された対談はそのエッセンスだけで、全部を載せられなかったのは残念だ。しかし、エッセンスだけでも彼女の経験のおもしろさとすばらしさは伝わるだろう。
本来、総合政策学部なのだから、政策立案・形成・実施・評価の現場に近いところのほうが良いだろう。その点、SFCの立地は若干不利かもしれない。それでも一期生の小笠原さんを筆頭に多くの卒業生が中央省庁の集まる霞が関や防衛省のある市ヶ谷で仕事をしている。各省庁のシニアクラスの人たちと話すと、「SFCの卒業生は発想がおもしろいし、実行力もあって良いね」と言われることが多い。
先日、ある会合に呼ばれて短い話をした。終わった後、声を掛けて来た若い人がいて、記者かと思ったら、外務省の人だった。何の用かと思ったらSFCの卒業生で、「在学中に授業をとりました」と言われてびっくりした。わざわざ聞きに来てくれたそうで、ありがたいことだ。
小笠原さんは研修後の最初の赴任地で阪神淡路大震災に遭っている。「兵庫県警の警察官や職員が、自分や家族のことはさて置き、現場にかけつけ救助や捜索活動に当たる姿を見て、警察官としての使命感を実感しました」と述べている。
この原稿を書いている時、熊本での地震が起こった。ひょっとしたらそこにSFCの卒業生がいて、誰かを助けているかもしれない。無事を祈りたい。そして、SFCで学んだネットワークの力、コミュニティの力を発揮して誰かを助ける人でいて欲しい。
もちろん、役所に行くことが至上の選択と言うつもりはない。活躍の場は民間にも日本の地方にも世界にもたくさんある。しかし、霞が関や市ヶ谷やその他の場所でしか得られない経験もある。心意気のある学生には是非チャレンジしてもらいたい。