SFC開設期を支えたお二人の碩学の訃報が相次いだ。
1991年から2010年まで総合政策学部教授を務められた香川敏幸先生が2026年4月12日にお亡くなりになった。香川先生は義塾の経済学部で加藤寛先生の下で研究者としての道を歩み始めた。亜細亜大学と広島大学で教鞭を執られた後、SFC開設1年後の1991年にSFCにいらした。その頃、加藤先生が初代の総合政策学部長をされていた。
私にとって香川先生は博士論文の副査でもある。香川先生はいつもおだやかに、丁寧にお話をされていた。しかし、学問には常に誠実かつ熱心で、大学院のGGプログラム(現在のGRプログラム)の会合ではいつも最初に手を挙げて大学院生に質問・コメントをしてくださっていた。
ご自身の門下の大学院生の指導には特に熱心で、一度、大学院生を連れて海外フィールドワークに行く香川先生と飛行機の中でばったり出くわしたこともあった。香川先生の薫陶を受けた多くの研究者が活躍している。
1990年から2012年まで同じく総合政策学部教授を務められた梅垣理郎先生は2026年5月15日にお亡くなりになった。梅垣先生は義塾の法学部で学んだ後、米国のプリンストン大学の大学院で博士号を取得され、ジョージタウン大学で教鞭を執った後、開設したばかりのSFCにいらした。
私が梅垣先生を最初に意識したのは、SFCで博士号を取得した後、前職の大学研究所で研究をしていた頃だ。政策・メディア研究科での授業を単発で頼まれ、τ11の教室に行ったところ、コーディネーターとしていらしたのが梅垣先生だった。授業の内容にコメントをいただいたことを覚えている。
教員としてSFCに戻ってからは「国際関係論」を私が日本語で担当し、梅垣先生が英語で担当する関係だった。しかし、内容がずいぶん違っていた。若手教員の私はひたすら板書して解説する授業だったが、梅垣先生は学生と対話しながら議論を展開していくソクラテス方式でやられていたようだ。梅垣先生も学生の指導には大変熱心で、多くの門下生が研究者として活躍している。
お二人ともSFCをとても愛してくださっていた。定年退職した後もしばらく非常勤講師をしてくださった。それが終わった後も、大学院生の指導に参加してくださり、キャンパスでよくお目にかかった。最後まで教育者でいらしたお二人のご冥福をお祈りしたい。