総説・解説等
野村 浩二
「原発事故によるもう一つの人材喪失-見過ごされるGDP統計の劣化」(エネルギーを見る眼)
- 著者名
- :野村浩二
- 掲載誌名
- :誌名『エネルギー政策研究会 EP Report』 出版社エネルギーフォーラム社 (出版年(月日)2019年12月)
- 共著区分
- :単著
- 掲載種別
- :記事・総説・解説・論説等(商業誌、新聞、ウェブメディア)
- 査読有無
- :無し
経済統計の授業でアベノミクスによるGDPの過大推計を問われることがあるが、「どちらかといえばむしろ過小評価されている」というのが実態だ。日本のGDP統計の基盤となる産業連関表をめぐっては、「ガラパゴス的な巨大統計を米欧並みに簡素化すべき」という議論があるが、これは大きな誤解に基づいている。産業連関表とは一国経済全体の生産・需要構造を描写した表であり、5年に一度のベンチマーク年に集中的な統計調査のもとで構築される。日本の産業連関表は520商品×400産業という細かい分類が「ガラパゴス」と批判されることがあるが、実は米国商務省経済分析局(BEA)では非公表ながら5000商品にも及ぶさらに細かい分類が用いられている。産業連関表の細分化は趣味的探求ではなく、生産物と産業との技術的な関係性に接近することを目的としている。C重油やコークスなどの粒度であれば利用する産業を特定しやすく、経済全体を矛盾なく描写するためにはこうした補完的な情報を生かせる設計が不可欠だ。一国全体のGDPの把握がいかに難しいかを想像すれば、調査票の回収率の低下、回答の未記入や不整合、企業の多角的な事業展開など、統計構築の困難さは明らかである。GDP統計構築の基盤は生産構造の把握であり、産業連関表の中核を担ってきたのは経済産業省の経済解析室産業連関班(IO班)であった。歴代の班長はプロ意識が高く、さまざまな誤差を含みうる数字を鵜呑みにせず、統計と経済状況とのズレを嗅ぎ分けながらダイナミックな品質管理に取り組んできた。しかし民間委託の推進によって情熱なき形式的な品質管理のみとなり、調査対象の構造変化への探求は失われた。さらに原発事故が決定打となった。省内の人材が事故対応のために召集され、貴重な統計人材が喪失した。現在IO班は消滅し、調査分析支援室として普及・広報やホームページ運営などと一緒にされてしまっている。これは日本の産業連関表の「番人」が失われつつあることを意味する。基準年次の水準にずれがあっても各年のGDP統計はそこに接続して推計されるため問題は省みられない。いわばパンドラの箱だ。試算によれば近年さまざまな分野で生産は過小評価されており、GDPにして商業では10兆円、製造業でも5兆円ほどが欠落している可能性が高い。成熟した野党であれば、いたずらに「偽装」と騒ぐのではなく、GDPの適切性自体を問題視すべきだろう。民間活力の活用のもとで発注書類の不備をチェックするのみではパッションなど育まれようもなく、先人の築いた情報インフラの質を維持することはできない。自らの頭で考え、AIを補完的に利用し、問題を発見することを楽しむ人間らしい働き方が、いま一度求められている。
「自主行動による環境政策-呉製鉄所の閉鎖が意味するもの」(エネルギーを見る眼)
- 著者名
- :野村浩二
- 掲載誌名
- :誌名『エネルギー政策研究会 EP Report』 出版社エネルギーフォーラム社 (出版年(月日)2020年04月)
- 共著区分
- :単著
- 掲載種別
- :記事・総説・解説・論説等(商業誌、新聞、ウェブメディア)
- 査読有無
- :無し
2020年2月、広島県の呉製鉄所が閉鎖されると報道された。日鉄日新製鋼の高炉2基を閉鎖し、2023年までには粗鋼の加工工程も閉鎖されるという。企業発表からわずか2カ月での大きな方向転換は、米中貿易摩擦による世界需要の停滞を背景に、苦渋の決断であったことを物語っている。呉市は広島県内総生産の約10%を占める第3の経済都市であり、製造業への依存度は48%と広島市(17%)や福山市(31%)を大きく上回る。呉市の製造業による粗付加価値の27%が鉄鋼業であり、市内GDPの約12%を支えている。製鉄所の閉鎖は関連産業への影響を含めればその2〜3倍の甚大な負担をもたらすだろう。日本製鉄自身も4900億円の減損処理により4400億円の赤字に陥るという。世界市場においてグローバル競争を戦うためにはこうした痛みに耐えてでも生産効率を高め、成長する消費地の近くで生産比率を拡大する必要がある。2030年には日本経済のGDPは世界の約4%へと相対的に縮小していく。グローバル企業へと変革することなしに、日本経済の長期停滞に終止符を打つことはできない。地域経済への痛みを和らげるためには政府の支援が欠かせないが、その最大の資産は閉鎖する製鉄所に培われた人材である。地域に残る製鉄マンが新しい事業を興して地域経済を牽引することに期待したい。閉鎖報道の前日、経済産業省の低炭素社会実行計画フォローアップ委員会において鉄鋼業のCO2削減に向けた取り組みが議論された。しかし炭素リーケージへの懸念を払拭することは難しかった。技術的な高効率・高稼働がもはや困難となる中、超えるべきハードルが国内でのみ高く設定されるのであれば、更新投資に伴い企業は海外生産を選択するだろう。高炉閉鎖は、現行のエネルギー・環境政策によってゆがんだ競争条件のもとでの決断ではないのか。産業・地域・マクロ経済の痛みは本当に必要なものなのか、問われなければならない。EUは排出量取引制度において炭素リーケージのリスクにさらされている産業リストを構築し、該当産業には多くの無償排出枠を与えている。慎重なリーケージ対策は、不必要な痛みをマクロ経済に与えないために不可欠である。自主行動という環境政策は競争条件の内外格差を見えづらくする致命的な欠点を抱えている。それは日本経済の低成長要因を覆い隠し、国内排出削減をあたかも環境政策や企業努力の成果であるかのように演出するリスクを併せ持つ。企業戦略と環境政策、経済成長の視点から国益を見定める日本の力が試されている。
「未来技術の社会実装はエネルギー消費を減少させるか―Society 5.0の需給見通し」(エネルギーを見る眼)
- 著者名
- :野村浩二
- 掲載誌名
- :誌名『エネルギー政策研究会 EP Report』 出版社エネルギーフォーラム社 (出版年(月日)2020年07月)
- 共著区分
- :単著
- 掲載種別
- :記事・総説・解説・論説等(商業誌、新聞、ウェブメディア)
- 査読有無
- :無し
コロナ禍によるエネルギー需要とCO2排出量の減少を受け、グリーンリカバリーを求める声は大きい。しかし先進国の財政出動は事業支援や所得補償が主であり、グリーン投資への配分は桁が違う。経済回復に伴い排出量は従来の軌道へと戻るだろう。むしろ活動の分散化によるエネルギー消費の拡大効果も大きい。より長期の見通しはAI・IoT・5Gなどの未来技術の導入に依存しており、エネルギー効率の大きな改善が期待される一方、データセンターにおける膨大な電力消費拡大などの懸念も大きい。経団連が掲げる「Society 5.0 for SDGs」のビジョンのもと、57の未来技術の社会実装が日本経済に与える影響をモデル試算した。製造プロセスのデジタル化、遠隔医療・介護ロボット、FinTech・InsurTech、EdTechなど多様な未来技術の実装は、2030年までの経済成長率を基準ケースの年率0.8%から2.6%へと加速させる。これは一人あたりGDPが日本より4割大きい米国の健全な成長軌道と類似したスピードだ。現在、日本は米国に比して労働生産性水準が大きく低位にある。2030年の日米労働生産性格差は基準ケースでは依然として3割ほど劣位と推計されるが、積極的な未来技術の実装によって格差は9%にまで縮小する。Society 5.0の実現は、平成期30年間の停滞を超え、生産性水準として日本が米国へと再びキャッチアップしていく成長軌道への回帰を示している。2030年に向けたエネルギー生産性は基準ケースでも年率2.2%の改善が見込まれるが、Society 5.0の実現によっては3.1%へと加速し、第一次オイルショック後に日本経済が実現したスピードに匹敵する。しかし急速なエネルギー生産性の改善が実現しようとも、未来技術の実装による経済成長の加速はデジタル資本蓄積の拡大など構造変化を伴いながら、全体としてのエネルギー消費量を増大させると試算される。経済規模拡大によるエネルギー需要増は効率改善による削減効果を上回ってきたのであり、エネルギー消費の効率改善と量的拡大の併存は戦後経済を通じて観察される法則である。技術革新は将来の新しい財・サービスへの潜在的な需要によって牽引される。省エネもひとつの需要だが市場規模は相対的に小さく力不足であり、ロボットや医療介護など相応しい市場規模を持つ新製品の顕在化はエネルギー消費の増大を伴うのである。こうした見通しは、エネルギー環境問題への対応の鍵が二次エネルギーの供給側の低炭素化にあることを示唆している。次世代再エネ発電や水素発電、小型モジュール原子炉の稼働などにより、2030年における基準ケースでのCO2総排出量の17.8%削減を見込む。近年エネルギー事業者からは需要見通しへの悲観的な声を耳にするが、それは労働生産性改善が低迷した特殊な時期の経験に基づくことを忘れるべきではない。力強い持続的な労働生産性の改善はより多くの資本とエネルギー投入の拡大を伴って実現し得る。長期停滞を超え、技術革新と経済成長、そして環境保全が整合する未来像を模索すべきだろう。
「パンデミック適応で拡大するサービスの自己勘定生産-エネルギー消費への影響」(エネルギーを見る眼)
- 著者名
- :野村浩二
- 掲載誌名
- :誌名『エネルギー政策研究会 EP Report』 出版社エネルギーフォーラム社 (出版年(月日)2020年11月)
- 共著区分
- :単著
- 掲載種別
- :記事・総説・解説・論説等(商業誌、新聞、ウェブメディア)
- 査読有無
- :無し
COVID-19パンデミックによる経済的ダメージが本格化してから半年が経過し、リカバリーの足音が統計的に観察され始めている。本年第2四半期の日本の経済成長率はマイナス10.0%となり、リーマンショック時のマイナス8.9%をやや上回るダメージであった。しかし二つの危機は質的に異なる影響を日本経済に与えており、その回復過程の比較から将来のエネルギー消費の見通しを考察したい。パンデミックによる製造業へのダメージは、劇的な外需下落に導かれた世界金融危機時に比して短期的だ。輸出数量指数・鉱工業用生産財出荷指数・耐久消費財出荷指数が力強く牽引し、マクロの需要回復スピードは世界金融危機時に比して早い。鉱工業全体では5月から8月までの回復を実現するために、金融危機時には2倍ほどの期間を要している。回復を牽引したのは自動車製造業だ。普通乗用車・軽自動車・二輪自動車などの生産量はいずれも倍増し、オートメーション化が進む中で適切な労働環境を提供することでクラスターを発生させることなく工場を再稼働させることに成功している。需要さえ存在すれば製造業は人間の密集を回避する新たな生産方式へと迅速に適応していく。しかし生産即消費を特性とするサービスでは、その適応はより難しい。自動車生産の回復は、公共交通機関の利用を回避するための自家用車通勤需要にも支えられた。経済的に余裕のある世帯を中心として、これまで集団で消費していた電車やバスなどの移動サービスを自ら生産する「自己勘定生産(own-account production)」へと切り替えが進んでいる。社内で集団消費していたオフィスという複合的なサービスも、家庭での自己勘定生産によって部分的に代替されてきた。セパレート型エアコン・システムキッチン・電気冷蔵庫・電気洗濯機など、本年8月の国内生産水準は影響が本格化する前の2月水準をすでに上回っている。ノート型パソコンは25%増、通信用ケーブル光ファイバ製品は19%増となり、家計は良質な就業環境を提供する複合サービスを自ら生産している。中長期では、これまでの集団消費的なサービスとともに自己勘定生産サービスが併存していくだろう。公共交通機関やオフィスは消費者の密度が低下しようともエネルギー消費量は大きく変わらない。買い替えは省エネ性能の高い耐久消費財の普及を促すが、追加的な稼働によるエネルギー消費を相殺するものではない。近い将来、家計は自己勘定生産のサービスとともに高品質な外部サービスを選択しながら消費していくだろう。足元でのエネルギー需要は依然として弱いが、マクロの需要規模が回復したときエネルギー消費は増加する傾向となろう。消費拡大を嘆く必要はなく、安定供給の実現に向けた備えが求められる。
「英国のグリーン産業革命-不透明なネットの利得」(エネルギーを見る眼)
- 著者名
- :野村浩二
- 掲載誌名
- :誌名『エネルギー政策研究会 EP Report』 出版社エネルギーフォーラム社 (出版年(月日)2021年02月)
- 共著区分
- :単著
- 掲載種別
- :記事・総説・解説・論説等(商業誌、新聞、ウェブメディア)
- 査読有無
- :無し
英国政府は2020年11月に「グリーン産業革命のための10カ条計画」を、日本政府はその5週間後の12月25日に「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」をそれぞれ発表した。正当化する論理が明確でないまま楽観を描くという点では両者は類似するが、「200年前に最初の産業革命を実現した英国が再び世界を導こう」という力強いメッセージに始まる英国の10カ条は、その具体性や簡潔さで日本の成長戦略をはるかに上回る。英国10カ条ではジョンソン首相の巻頭言からグリーン・リカバリーが強調されるが、日本政府の報告書には「欧米では」と簡単に紹介されるのみだ。全面的なロックダウンがされなかった日本では政府が支援すべきはおもに失業者や飲食・宿泊・小売業などの事業者への補償であり、建設現場では感染対策を徹底しながら全国の95%以上が稼働を続けていた。グリーンであろうとも土木工事や研究開発への支援は日本では便乗とも映り、説得力を欠く。英国10カ条が強調するもうひとつは雇用創出だ。グリーン産業革命は2030年までに英国に25万人の雇用を生み出すとし、洋上風力発電6万人・CCUSとグリーン建物各5万人・ゼロエミッション自動車4万人などと内訳が示されている。しかし積算の論理は理解されても、経済成長を生み出す論理は見えない。フィナンシャル・タイムスのフォード氏は「グリーン雇用は何もないところから生じるのではなく、その代わりに以前の仕事が失われている」と指摘する。比較されるべきは前後の雇用によって生み出される価値であり、グリーンによって生み出される経済的価値は失われた炭鉱や石炭火力発電所における仕事を下回るだろうとされる。グロス雇用指標によってグリーン産業革命を演出する英国政府の論理には眉をひそめざるをえない。エネルギー転換は痛みを伴う。問題は計り知ることの難しい「ネットの利得」だ。生産性の低い仕事に従事せざるをえなかった雇用者が新事業においてより高い生産性を実現しうるとすれば利得はプラスだが、英国のそれはマイナスになりそうである。一方、もしかつての雇用者が生産性と不釣り合いな高所得を受領していたり独占的企業の過剰投資による非効率性が存在して高い電力価格の要因となっていたとすれば、エネルギー転換は電力価格の低下を通じて社会的な利得をプラスとするかもしれない。しかしエディンバラ大学のゴードン・ヒューズ教授による報告書では、英国での350以上の陸上・洋上風力発電データに基づいた実測コストによっても風力発電の価格は下落しておらず(むしろ上昇)、5〜10年先においても大きく下がる見通しはないとされる。発電価格が上昇すれば、グリーン産業革命の勝算も低いものとなろう。
「パンデミックの巨額財政刺激-米国で高まるインフレリスク」(エネルギーを見る眼)
- 著者名
- :野村浩二
- 掲載誌名
- :誌名『エネルギー政策研究会 EP Report』 出版社エネルギーフォーラム社 (出版年(月日)2021年06月)
- 共著区分
- :単著
- 掲載種別
- :記事・総説・解説・論説等(商業誌、新聞、ウェブメディア)
- 査読有無
- :無し
パンデミックによる総需要不足を埋めるための巨額の財政出動はIMF・世界銀行や世界中の経済学者から広範な支持を得てきた。しかしその副作用として、米国では生産水準の回復や史上最高値を更新した株式市場の活況に伴いインフレ懸念が増大している。ワクチン接種率が高い米国ではパンデミックの終焉ムードが高まり、蓄えられていた購買力が発揮されようとしている。再度の緊急事態宣言が出された日本とは対照的な状況である。3月、バイデン大統領は1.9兆ドルの財政出動を決め、これまでの累積は6兆ドルに近づいた。その前月、ハーバード大学のサマーズ教授はワシントン・ポスト紙において、この刺激策は近年にない水準のインフレをもたらしうるリスクがあると警鐘を鳴らした。クリントン政権で財務長官を務め民主党と近いサマーズ教授の懸念は重く受け止められている。その根拠は景気刺激の圧倒的な規模の大きさにある。世界金融危機時のオバマ政権の景気刺激が需要喪失の約半分を埋める規模であったのに対し、今回の刺激策は失った需要の3倍にもなるという。サマーズ教授は半世紀ほど見たことがないレベルでのインフレが生じうるリスクを指摘する。ジョンズホプキンス大学のボール教授らは、失業率から一時解雇の影響を除きインフレ率には消費者物価指数の加重中央値を利用することで米国のフィリップス・カーブを調整した。そのもとでは、景気刺激によって失業率が1.5〜3.5%低下することで2023年までのインフレ率は2.5〜3.0%と予測され、適切な金融政策がとられるならばインフレ・スパイラルのリスクは小さいと評価する。しかし5月12日に公表された4月のCPIは市場に驚きを与えた。都市部CPIは前期比0.8%上昇と明確な加速傾向を示し、過去12カ月のインフレ率は4.2%となり2008年9月期以降では最大の上昇となった。FRBのクラリダ副議長は依然としてその要因は一過性のものと見ているが、それが正しいのか政策的な対応を遅らせるのか、予断を許さない。長期的なインフレ抑制では、バイデン政権による2兆ドルを超える巨額インフラ投資プランが米国経済の生産性改善をもたらしうるかが鍵となる。しかし生産性改善には疑問のある投資も含まれ不確実性は大きい。エネルギー転換への投資はその一部であり、数十年にわたり持続的に求められ移行期には既存システムと併存せざるをえない。生産性は後退するか少なくともその改善はかなり遅れ、インフレを抑制する効果も弱いものとなろう。米国経済が長期的な生産性の低迷へと向かうならば、インフレと景気後退が併存するスタグフレーションのリスクもある。米国でのエネルギー転換への経路は、今後の景気動向によって大きく修正されるだろう。
「グリーンジョブの量と質-グリーン成長戦略の脆弱な基盤」(エネルギーを見る眼)
- 著者名
- :野村浩二
- 掲載誌名
- :誌名『エネルギー政策研究会 EP Report』 出版社エネルギーフォーラム社 (出版年(月日)2021年09月)
- 共著区分
- :単著
- 掲載種別
- :記事・総説・解説・論説等(商業誌、新聞、ウェブメディア)
- 査読有無
- :無し
本年6月「CNに伴うグリーン成長戦略」が示された。その雇用誘発はネットの効果として2030年に870万人、2050年には1800万人とされる。2050年の就業者数が5千万人ほどと推計される中、就業者の3分の1がグリーンジョブに従事するという膨大な数字である。昨年11月、英国政府は2030年に25万人の雇用創出という計画を示した。政府とは独立したグリーンジョブ・タスクフォースが設置され、本年7月にはその報告書が出版された。同報告書は現状のグリーンジョブのすべてがグッドジョブではないと分析し、質の高いグリーンジョブ創出に向けた15の提言を論じる。質の高い雇用には人材育成への長期投資が欠かせず、政府にはエネルギー転換の具体的な道筋の提示を求めている。日本政府の雇用誘発量はあまりにも膨大だ。前提や方法論を経産省に問い合わせたところ「公表する予定はない」との返答であった。日本の2030年目標値は英国の4.4倍、GDP比では2.7倍大きいが、英国の計数はグロスでありネットではるかに小さい。870万人というネットの雇用創出は野心的であることを通り越し、政策策定の情報基盤を歪める印象を抱かせる。脱炭素へのエネルギー転換において求められるのは雇用の量を積み上げる演出ではなく、転換の道筋における諸課題をあぶりだす問題発見的な役割だ。グリーン投資によってなぜ生産性が高まるのかその論理は見えない。グリーン投資は同量のアウトプットに従来よりも多くの資本を必要とし、全要素生産性をほぼ確実に毀損させる。競争相手国も同様な転換を迫られない限り日本産業の競争力は低下し、労働者が生み出す価値は低下せざるをえない。質の高いグリーンジョブ創出の成否は国際的に調和のとれた炭素排出費用の内部化に依存しており、依然として実現の難しい国際協調はその最大の障害である。政府に求められるのは「断固たる意思を持って実行」することではなく、異なる条件下での柔軟な思考実験である。
「「大きな政府」のエネルギー環境政策は機能するか」(エネルギーを見る眼)
- 著者名
- :野村浩二
- 掲載誌名
- :誌名『エネルギー政策研究会 EP Report』 出版社エネルギーフォーラム社 (出版年(月日)2021年12月)
- 共著区分
- :単著
- 掲載種別
- :記事・総説・解説・論説等(商業誌、新聞、ウェブメディア)
- 査読有無
- :無し
岸田首相による新しい資本主義実現会議は11月8日に「緊急提言」を公表した。その特徴は財政規模にあり、財政支出基準で55.7兆円の過去最大となる経済対策が閣議決定され、21年度の新規国債発行は65兆円を超える見通しとなった。政府は財政赤字容認の姿勢を明確にしている。分配戦略よりも注視すべきは成長戦略の基盤変化だ。本年6月、経産省は「経済産業政策の新機軸」を公表した。新機軸とは、市場環境整備を目的とした従来の産業政策から、中長期の課題解決に向けた「市場の創出」のための「大規模・長期・計画的」な財政出動を伴う強力な産業政策への転換を求めるものだ。エネルギー環境政策においても従来以上の「大きな政府」を志向する動きが見られ、再エネ推進のための賦課金や建築物の断熱材などの費用負担、さらにはエネルギー価格高騰分すらも補助金によって補填されるかもしれない。消費者や生産者による直接的な負担が回避されるならば、国民はさらなる国債発行を容認するだろうか。長期化する経済停滞から抜け出すための積極財政の必要性はパンデミック前から議論されてきた。MMTは持続的な財政赤字を支持し債務の永続的な先送りを求めるのに対し、New Viewは経済停滞の要因をサプライサイドに求め投資減税や生産性向上に寄与するインフラ投資を処方箋とする。政府に求められるのは積極財政の内容の精査であり、状況によっては逆戻りできる姿勢だ。経済状況が変化したときにどう資金調達できるかを考えることなしに財政政策の転換を承認すべきではない。パンデミックは財政赤字容認の広範な同意を導いたが、その持続性は疑問だ。New Viewの中心的な学者であるサマーズ教授はインフレ懸念からバイデン政権の景気刺激策の規模に早くから警鐘を鳴らし、現在はその主張に完全に軍配が上がったと言える。世界が積極財政へ転換したと喧噪されることもあるが、その持続性は依然として疑問である。財政赤字の容認は「大きな政府」の産業政策を支持するものではない。市場を創造すべく政府が介入するならば官公需への依存マインドを高め、民間部門を既得権益の巣窟へと閉じ込めかねない。補助金への依存体質の拡大はこの20年間に日本企業がダイナミズムを喪失した大きな要因であっただろう。政府の需要創出は企業にかりそめの休息を与えようとも脆く儚く、宴の後に民間企業が衰退した事例は枚挙に暇がない。「大きな政府」のエネルギー環境政策として補助金を打ち出の小槌とすれば、企業の資産構造とビジネスモデルを硬直化させる。エネルギー転換は長期の時間を要し、利用可能な技術としても経済環境としても大きな不確実性のもとにある。日本にとって何が効率的な脱炭素の姿となるか、現在は誰も知らない。積極財政を志向する上でも、転換の道筋における技術・環境変化に日本経済が対応できる柔軟性を喪失してはならない。総花的な政策に対し、「ワイズスペンディング」は空虚に響いている。
「エネルギー価格上昇に対する 日本経済の耐性の脆弱化ー半世紀の日米比較は何を照らすか」(エネルギーを見る眼)
- 著者名
- :野村浩二
- 掲載誌名
- :誌名『エネルギー政策研究会 EP Report』 出版社エネルギーフォーラム社 (出版年(月日)2022年03月)
- 役割
- :筆頭著者 最終著者 責任著者
- 共著区分
- :単著
- 掲載種別
- :記事・総説・解説・論説等(商業誌、新聞、ウェブメディア)
- 査読有無
- :無し
ロシアのウクライナ侵攻による原油・天然ガス価格の高騰に対し、仏経済相は第一次オイルショックに匹敵する影響を持つと評した。オイルショック後に強化されてきた原油価格高騰への耐性において、その脆弱化が指摘されたのは10年以上も前のことだ。2009年、欧州委員会は世界主要国において1990年代半ばより「実質単位エネルギーコスト(RUEC)」の継続的な上昇がみられると警鐘を鳴らしたが、もっとも深刻な上昇はこの日本にある。エネルギー価格高騰の影響評価には、電力などの二次エネルギーを含めた価格評価とともに、国内で生産される財・サービスの価格で除した相対価格である「実質エネルギー価格」を評価する必要がある。もし生産価格に転嫁できるほどに国内生産物に国際競争力があれば、名目的なエネルギー価格上昇の影響は緩和されうる。逆に、高コストを顧みない拙速な再エネ推進など国内的要因によるエネルギー価格上昇で、企業が国際競争に晒される財の価格を高めることができない状況では、同じ名目的な価格上昇がより大きなダメージを与える。デフレ基調が続く日本では実質的な影響はより深刻だ。もうひとつの考慮要素はエネルギー生産性だ。省エネ法などの規制や補助金により経済合理性を超えるほどの省エネ機器導入が進んだ経済では、すでに安価な省エネ技術の導入は飽和し価格上昇への適応効果は限定的となる。他方、省エネ投資を前倒ししていない米国などでは、価格上昇により経済的合理性を持つに至った省エネ技術が導入され、ダメージが緩和される。RUECは実質エネルギー価格をエネルギー生産性で除した指標であり、こうした情報を集約した耐性指標だ。戦後日本経済は一貫して米国の1.5〜3倍ほど高いエネルギー価格に直面してきた。高度成長前夜、日本の全要素生産性水準は米国の半分程度であり、類似した生産物の価格が米国の半分ほどでなければ市場で需要を獲得できなかった。高い投入価格と安い産出価格の溝を埋めたものが安価な賃金であり、当時の日本の時間あたり賃金は米国の20%以下に過ぎなかった。その後、高度成長に伴う日米の生産価格の平準化と、エネルギーの安定供給・低廉化に向けた企業努力により、2010年までの半世紀で実質エネルギー価格の日米格差は縮小してきた。しかしそれは同時に問題への意識を希薄化させた。震災後、日本では原発稼働停止や再エネ促進による電力価格上昇、米国ではシェール革命の恩恵があり、実質エネルギー価格の日米格差は再び拡大へと転じた。実質価格差の拡大とともにエネルギー生産性における日本の優位性も縮小し、現在、戦後経済で最も脆弱な状態へと接近している。経済的合理性のない省エネを国内で推進すれば、さらなる空洞化や経済停滞を招く。再エネの拡大は同じ質の電力供給のためには依然としてコスト高だ。日本のエネルギー転換に向けては、経済の全体効率を高めRUEC格差の拡大を抑制していく、狭き移行経路が探索されなければならない。
「世界的なインフレに潜む日本経済のデフレ圧力 ー国内生産回帰に向けたエネ政策を」(エネルギーを見る眼)
- 著者名
- :野村浩二
- 掲載誌名
- :誌名『エネルギー政策研究会 EP Report』 出版社エネルギーフォーラム社 (出版年(月日)2022年07月)
- 共著区分
- :単著
- 掲載種別
- :記事・総説・解説・論説等(商業誌、新聞、ウェブメディア)
- 査読有無
- :無し
岸田首相は「欧米諸国は物価高騰が7〜8%の中、日本は2%台を維持している」と強調したが、事象の一面を見るのみでは内包するリスクに気付かないかもしれない。かつてレオンチェフ教授が「経済分析は複雑なエンジンの設計図を再構成するようなもの」と表現したように、複雑なエンジンの動き方を想像する力を欠くならば潜在するリスクを感じとれず、処方も誤るだろう。昨年春、サマーズ教授が米国経済のインフレ・スパイラルリスクを警告した通り、5月までの過去1年間の米国CPIは食料品とエネルギーを除いても6.0%上昇と、同指標が4%を超えるインフレ基調は12カ月継続している。一方、日本でも本年に入ってからはCPIの前月比0.3〜0.4%の上昇が継続し、円安の影響も重なり輸入価格上昇による実質所得の減少を懸念した声が高まっている。しかし日本のインフレはエネルギー資源や円安によるコスト増であり、需要拡大が価格上昇を導く力は依然として脆弱だ。ここで重要なのはCPI(消費価格)とGDPデフレーター(生産価格)という二つの計器の違いだ。レストランを例とすれば、支払い時の価格が消費価格であり、そこから原材料やエネルギー・不動産賃貸料などを除き真にそのレストランによって生み出された付加価値の価格を測定したものが生産価格である。ときに両者は逆行する。メニュー価格が上昇しても、それ以上にエネルギーや食材の価格が上昇していれば、生産価格では反対に低下する。本年第1四半期、米国では消費価格が前年同期比6.2%増に対して生産価格は6.8%増とむしろ上回った。価格上昇自体は望ましくはないが、米国には価格上昇を牽引する強い需要がある。そして日本では消費価格が0.5%上昇したのに対し、生産価格はマイナス0.8%となった。日本の生産者はエネルギーや輸入コスト増を価格転嫁できずに自らの生産価格を低下することで適応せざるを得ない状況にある。世界が原油価格の同じ名目的な上昇に直面しようとも、実質的な負担は日本でこそより深刻なのだ。円安は輸入価格上昇をもたらす害とともに、輸入財と競争する国内生産者が価格を上昇させる余地を生み出す益もある。プラザ合意以降、過度の円高容認がデフレ圧力の源泉となり国内の賃金抑制を余儀なくさせてきたが、持続的な円安はそうした傾向を反転させ名目賃金を高める余地を与える。現在の過度の円安は海外資産を売却して国内回帰する絶好の機会だが、それが進まない構造的な要因は国内生産へと回帰させる環境にないことだ。技術的な裏付けなしにどこまでも求められる省エネ要請、電力価格の上昇を不可避とするような再エネ拡大、電力の安定供給への信頼の毀損――政府は拙速なカーボンニュートラルに囚われ、日本経済が成り立つ基盤とエネルギー政策の本来の役割を見失っている。日本ではエネルギー多消費型の製造業こそ国際的に高い生産性を誇る。事象の一面しか見ない政策は構造的な課題を深刻化させている。
「6兆円に膨れる電力負担増-コスト抑制で製造業後押しを」(エネルギーを見る眼)
- 著者名
- :野村浩二
- 掲載誌名
- :誌名『エネルギー政策研究会 EP Report』 出版社エネルギーフォーラム社 (出版年(月日)2022年10月)
- 共著区分
- :単著
- 掲載種別
- :記事・総説・解説・論説等(商業誌、新聞、ウェブメディア)
- 査読有無
- :無し
現在、日本の電力コストの総額はどれほどか。電力業という「産業」と電力という「生産物」の識別は、電力会社の多角化や新電力・自家発の拡大などにより困難なものとなっており、電気事業者でも一国経済の負担が見えづらくなっているのが実情だ。長期のエネルギー転換の道筋では、その経路でのエネルギーコスト負担に注視しなければならない。コスト増が見えづらいまま非効率な脱炭素政策へとアクセルを踏み込むならば、数年後の高コスト構造は日本経済の重い足枷となろう。こうした問題意識のもと、著者の研究室ではエネルギーコストモニタリング(ECM)を本年4月から構築している。最新のECMでは本年8月までの状況が把握される。パンデミックからの回復により8月の電力総消費量は前年同期比2.2%上回るが、そのコストでは37%も増加している。8月期の価格が本年12月まで継続するとした簡易推計では、2022年暦年値の電力消費額は前年よりも6兆円近い負担増と算定される。電力消費総額では24.2兆円に達し、日本経済におけるこれまでのピーク(2014年の19.8兆円)も大きく上回る見通しだ。ウクライナ侵攻による一次エネルギー価格高騰による電力の小売価格への転嫁はまだ十分ではなく、本年内の前年比6兆円という負担増は控えめな予測値であるとさえ言えよう。同様な簡易推計によれば、本年の最終エネルギー消費の総額は前年値(37.4兆円)の13兆増と見込まれる。膨大なコスト負担増は世界的な現象だが、日本固有の性格もある。2022年第2四半期の家計消費価格の上昇は米国6.7%・ドイツ6.6%に対し日本は2.3%と相対的には抑制されているが、それは価格抑制的な政策の成功を意味するものではない。同期間、GDPデフレーターでは米国7.6%・ドイツ5.9%に対して日本ではマイナス0.3%であり、依然としてデフレ圧力は強固だ。日本の生産者は価格転嫁が不十分であり、世界が同じエネルギーコスト負担増に直面しようとも日本の実質的な負担はより大きなものとなっている。一方、長期にわたる日本のデフレ傾向はマクロ的な生産価格の競争力を高めてきたとも言える。過度に進行した円安のもとでは現在の日本円は35%もの過小評価であり、価格競争力の優位性はほぼ半世紀ぶりのレベルとなった。本年8月には輸出が前年比20%ほど増加し、その回復スピードはアベノミクスによる回復期の経験をも上回っている。貿易収支の赤字拡大は化石燃料コストの増大を主要因とするが、国際的な原油価格は6月から低下している。円安という好条件のもと国内製造業の回復を持続させるためには、今後の電力コストの抑制が試金石となろう。
「間接的な電力輸入の拡大-経済の長期停滞招く要因に」(エネルギーを見る眼)
- 著者名
- :野村浩二
- 掲載誌名
- :誌名『エネルギー政策研究会 EP Report』 出版社エネルギーフォーラム社 (出版年(月日)2023年01月)
- 共著区分
- :単著
- 掲載種別
- :記事・総説・解説・論説等(商業誌、新聞、ウェブメディア)
- 査読有無
- :無し
日本の電力需要は2007年度の1.20兆kWhをピークとして減少を続け、2022年度は1.02兆kWhほどへの回復にとどまる見通しだ。この15年間に実質GDPは3.7%拡大したにもかかわらず電力消費は減少しており、家計や企業の節電努力が実を結んでいるようにも映る。しかしその背後では、電力の輸入比率が拡大しているのである。国際的な送電網に接続しない日本では直接的な電力輸入はゼロだが、日本企業が電力多消費的な中間財や最終財の国内生産を縮小し輸入財へと切り替えることは、間接的に電力を輸入していることと同じだ。それはもっとも安価な電力の輸入方法ではあるが、その反作用として国内の有効需要を減ずるデフレ要因となる。産業連関表に基づく間接的な電力輸入依存度(EID)の推計によれば、2015年の一国経済のEIDは21.8%と推計される。日本経済のEIDには大きく二つの転換期がある。1960年代の10%前半から二度のオイルショックにより20%ほどまで上昇したEIDは、1980年から反転し1995年には10.3%までの抑制に成功した。原子力やLNG火力による石油代替の実現、停電時間の劇的な減少など、価格上昇を抑制しながら安定供給を実現してきた信頼形成が大きかったと考えられる。しかし1995年は再上昇へと転換し、2018年には22.8%へと1970年代後半の水準に逆戻りしてしまった。電力需要のピークとなった2007年度から2022年度までの減少幅のうち、この期間の電力EIDの上昇(19.2%から22.8%へ)によって、国内需要減少幅の3分の1ほどが嵩上げされてきたと評価される。より長期に、EID再上昇の転換期となった1995年度値を固定すれば、2022年度の仮想需要値は実績値を0.18兆kWh上回る。電力の輸入比率を当時のままに抑制できていたならば、現在の日本経済の最終需要構造のもとでも1.20兆kWhの電力需要が存在していたと解される。EIDを再上昇させた要因は供給サイドにある。1990年代には安価に利用可能な省エネ技術はすでに制約され、省エネ投資は生産の全体効率を毀損させる懸念が大きく拡大していた。そのもとで省エネや排出削減のための国内対策の強化、電力価格の高騰や安定供給の毀損を招く再エネ推進など、こうした政策の反作用として企業は海外生産へのシフトによる適応を強いられてきた。それがEIDを持続的に上昇させた要因ではないだろうか。目に見える電力需要の低迷は、やむを得ない景気後退や節電努力の成果であるかのように捉えられてきた。しかし見えづらい間接的な電力輸入の拡大は、政府にさらなる規制強化への自信を深めさせながら、誘発する有効需要の漏れを通じて日本経済の長期停滞を導く強固なデフレ要因となってきたのである。
「コロナ禍のエネルギー価格高騰と消費の価格弾性」(エネルギーを見る眼)
- 著者名
- :野村浩二
- 掲載誌名
- :誌名『エネルギー政策研究会 EP Report』 出版社エネルギーフォーラム社 (出版年(月日)2023年04月)
- 共著区分
- :単著
- 掲載種別
- :記事・総説・解説・論説等(商業誌、新聞、ウェブメディア)
- 査読有無
- :無し
2年間ほど続いたエネルギー価格高騰は小休止となった。2023年2月検針分から9か月間予定される電気・ガス価格の激変緩和措置(総額3.1兆円)によるものだ。しかしそれは補助金によって足元の直接的な負担を抑制したにすぎず、今後の価格動向には予断を許さない。天然ガスの国際スポット価格は昨年8月をピークに大きく低下したが、長期契約により価格高騰が抑制されてきた日本では輸入価格の上昇は本年1月まで続いた。欧州でも、中国の本格的な需要回復も見込まれる中、IEAのビロル事務局長は「欧州はまだ危機を脱していない」と強調する。補助金による緩和措置には、価格上昇によって実現される消費抑制を阻害するというエコノミストの批判も多い。しかしそうした価格メカニズムへの期待はエネルギー消費の価格弾力性の過大評価に依存している。ECMによれば2021年1月から緩和措置前(今年1月)まで、最終エネルギー消費としての総合的な価格は71%の上昇となった。それに対しエネルギー消費量はこの2年あまりでほとんど変わっておらず、弾性値はゼロに近い。消費が減少する2022年以降に限定しても、価格弾性を大きめに見積もっても0.24にとどまる。近年の歴史的な価格高騰期の経験でも、エネルギー消費の価格弾性は小さかったと言えそうだ。エネルギー転換が安価なコストで進行しうるとする楽観的なシナリオを提供し続けるモデル評価は、価格弾力性と技術革新における過大評価を必ず含んでいる。この間のエネルギー消費のトレンドは2021年の増加期とそれ以降の減少期に大きく分けられる。前半はコロナ禍からの回復を強く反映しており、2021年末には消費はパンデミック前の水準に回復している。当時ほとんど根拠もなくグリーン・リカバリーが喧噪されたが、現実はコロナ前の軌道への回帰に過ぎなかった。実測される価格弾性は小さいが、その評価にも留意が必要だ。第一に、消費抑制がもたらす負の外部効果を理解できないことである。現実の消費抑制は金銭以外の対価を支払っているものかもしれず、代替的な移動手段を持たない地域では余暇の在り方を制約させ、負担増は教育支出を抑制させているかもしれない。中長期的には健康や就学・就業を通じた悪影響をもたらしかねない。第二の懸念は、価格弾性値にはエネルギー多消費的な生産の海外移転による効果が含まれていることだ。経済合理性のある手段を持たないままに宣言されたカーボンニュートラルは将来の技術革新とコストの劇的な低下への期待に依存しており、企業は表面的な賛意を示しながらもエネルギー多消費的な生産物の海外移転を静かに進めている。欧州ではドイツの化学企業でも国内における雇用削減と国外への投資移転の態勢が整えられているという。注視すべきは価格高騰そのものから、その中長期的な影響へとシフトしている。
「ドイツで進む産業の海外移転」(エネルギーを見る眼)
- 著者名
- :野村浩二
- 掲載誌名
- :誌名『エネルギー政策研究会 EP Report』 出版社エネルギーフォーラム社 (出版年(月日)2023年07月)
- 共著区分
- :単著
- 掲載種別
- :記事・総説・解説・論説等(商業誌、新聞、ウェブメディア)
- 査読有無
- :無し
2021〜22年のエネルギー価格高騰は世界経済に大きな爪痕を残した。顕在化したエネルギー安全保障上のリスクに対し、主要国は異なる適応を探求している。原発利用の拡大へと舵を切る国に対し、すでに脱原発を実現したドイツではさらなる再エネや省エネの推進に活路を求めている。企業はネットゼロに向けた各国政策の方向性を注視しながら、グローバルな生産体制の見直しを迫られている。「Efficiency First(エネルギー効率を第一に)」を掲げるドイツは、暖房法によるさらなる省エネ推進を打ち出した。2024年1月から新たに設置される暖房システムには65%の再生可能エネルギーでの稼働が求められ、化石燃料による既存の暖房設備は2045年までに稼働禁止とされる。こうした強硬な政策は市場にさまざまな混乱をもたらしており、未改修のままでは不動産価値が下落しかねないという予測はすでに住宅価格の下落圧力として顕在化し始めている。ドイツ最大の不動産会社ヴォノビアは気候保護を最優先事項とするが、資金調達のために5.6億ユーロもの不動産を7%のディスカウントで米国の投資家に売却せざるをえなかった。大幅な需要拡大が期待されるヒートポンプ市場でも、ドイツのヴィースマン社がそのセクションを米国キャリア・グローバル社に売却するという報道があった。かつての太陽電池と同じ轍を踏むのではないかとする見方は多い。BASFなどのドイツ大手化学企業は数千人の国内雇用の削減とともに投資を海外に移す計画であり、かつてロシアのパイプラインガスに支払っていたような価格での将来のエネルギー供給はもはや期待できないからだ。国内生産からの離脱は多国籍企業に限った動きでもない。ドイツ産業連盟のアンケートでは、回答企業の16%が生産・雇用の一部をドイツ国外に移転することで既に具体的に動き、その計画がある企業は30%に上るという。ドイツ政府は産業用電力価格抑制のための大幅な価格補助金を検討しているが、より根本的な問題はCO2排出の価格を高めつつある気候変動政策との不整合にある。国際的に調和のとれた炭素価格の水準を超え省エネや再エネの特定分野において傾斜的な負担を課すことの弊害は拡大している。また官需の維持・拡大により市場の予見性を高めてきたことが中国における官主導の製造業モデルの成功確率も高め、むしろドイツ国内の民間企業の競争条件を不利なものに追い込むジレンマを抱えている。その帰結は気候政策の成功ではなく、世界の化石燃料消費とCO2排出を増大させる強固な要因となってきた。四半世紀のカーボンリーケージの失敗はまた繰り返されようとしている。本年4月の鉱工業生産でも、ドイツは2015年の水準を2.4%下回る長期停滞を示している。日本の停滞はドイツを上回る(▲4.4%)。対中デリスキングや円安を許容する状況下で国内生産の魅力は高まっているが、日本企業もエネルギー多消費的な財の国内生産を縮小する適応を静かに進めている。日独に共通することは、企業とマクロ経済の成長機会が乖離していることだ。マクロ経済が毀損されれば、長期のネットゼロの経済負担は受容されないだろう。
「電力価格上昇の抑制が導く安定供給リスクの増大」(エネルギーを見る眼)
- 著者名
- :野村浩二
- 掲載誌名
- :誌名『エネルギー政策研究会 EP Report』 出版社エネルギーフォーラム社 (出版年(月日)2023年10月)
- 共著区分
- :単著
- 掲載種別
- :記事・総説・解説・論説等(商業誌、新聞、ウェブメディア)
- 査読有無
- :無し
日本は燃料や電力への価格補助金の出口戦略を描けないままにいる。激変緩和を目的とする当初の意義はすでに失われつつある一方、長期化する補助金が価格メカニズムを歪めているとする批判は高まっている。著者らのECMによる推計では、補助後の消費総額でもコロナ前の2019年から11兆円もの増加が予測され、間接負担を含めればコロナ前から16兆円の負担増となる。世界的なネットゼロ政策の推進はエネルギー価格の基調を高止まりさせている。シンガポールの一人あたりGDPは昨年8万ドルを超え日本の2.4倍となった。同国の低炭素への取り組みを総括すれば、エネルギー多消費製造業による国内投資を抑制させることなく、過度な省エネを誘導せずに、電源構成を天然ガスへ傾斜させて低炭素化を実現してきた。2000年には発電の8割は石油火力によっていたが、20年かけて天然ガス発電への依存を95%にまで高めている。日本との大きな相違は、政府系の電力会社であるシンガポール・パワー(SP)が価格転嫁の抑制を強いられていない点だ。昨年の平均輸入価格は2019年の2.1倍と日本(1.7倍)を上回るダメージがあったにもかかわらず、SPグループは昨年に7千億円(日本円換算)の収益を計上している。燃料価格の高騰は電力価格に十分に転嫁されたのだ。第二の相違は、政府が価格転嫁の合理性と電力価格を正しく設定することの意義を正面から訴えている点だ。政府による支援は低中所得者に限られ、公共料金の上昇分を相殺するような月額1万円弱のリベートが提供された。一時的な消費価格の抑制よりも、安定供給の継続と長期のネットゼロに向けた体力の維持が重要なのである。韓国電力は本年第2四半期も大幅な赤字を計上し、それは9四半期連続となった。日本の電力会社もタイムラグを持って費用を転嫁し始めたが、昨年度は大幅な赤字を余儀なくされた。規制料金の査定や容量市場における政府加入によって電力会社はコストに見合う正当なリターンを得ることが困難となっており、もはや国内で火力発電に投資できないという声も聞く。しかしそれはインプット価格の問題ではなく、アウトプット価格の抑制による歪みだ。健全な価格転嫁こそが投資を促し、世界的な化石燃料の価格高騰をもたらした需要の牽引力の源泉でもある。日本で高効率の火力発電の更新投資ができないのは、脱炭素や自由化の必然ではなく、政府介入の価格抑制による。電力価格の抑制はベストミックスの柱であるべきだが、その失敗が目先の価格補助によって弥縫されるならば過小投資を導くことは必然だ。それは安定供給のリスクを高め、エネルギー転換に向けた民間の体力を削いでしまう。世界のネットゼロ政策の持続も確実ではない。市場環境の変化や技術進歩へと柔軟に対応しうる民間の役割を抑制してはならない。
「四半世紀の電力需要低迷 日本経済に何が起きたか」(エネルギーを見る眼)
- 著者名
- :野村浩二
- 掲載誌名
- :誌名『エネルギー政策研究会 EP Report』 出版社エネルギーフォーラム社 (出版年(月日)2024年01月)
- 共著区分
- :単著
- 掲載種別
- :記事・総説・解説・論説等(商業誌、新聞、ウェブメディア)
- 査読有無
- :無し
昨年12月、関西電力は和歌山市内で計画していたLNG火力発電所(定格出力370万kW)の建設中止を発表し、1200億円もの特別損失を計上するという。需要低迷を判断材料のひとつとしたこの企業判断は、「脱炭素シフト」という総括では片づけられない重みがある。その需要低迷は何によってもたらされたのか、そして停滞は将来も継続するだろうか。電力需要停滞の源泉には、最終財輸出の減少や電力多消費的な中間財の輸入拡大による国内生産の停滞がある。そしてその源泉の変化はこれまでのエネルギー環境政策が導いた結果でもある。そこに負のスパイラルが存在しているかもしれない。エネルギー消費削減という表面的な成果を追求した政策の強化により国内産業の空洞化がもたらされ、それに対する事業者の適応として電力供給計画は下方修正される。それは安定供給の毀損リスクを拡大させ国内投資は躊躇され、新技術を織り込んだ資本導入が遅れながら産業は競争力を失っていく。需要低迷の要因探索は、過去の需要見通しと現実の乖離を評価する道筋とも重なる。京都会議(COP3)を受けた1990年代後半、当時の電力需給見通しにはエネルギー分析用の一般均衡モデルが利用された。第一約束期間(2008〜12年)に実現した電力需要はモデル試算値を少し上回るものとなったが、2010年代にはその関係が逆転した。政府の試算は積み上げモデルに戻り野心的な省エネ目標が織り込まれ続けたが、実現値は予測値を下回り減少した。現実経済に、モデルで考慮されない構造変化があったことを暗示する。この四半世紀に進行しとくに2010年代初めから顕在化した構造変化は、電力多消費的な財生産の海外移転である。経済合理性のある省エネ技術の導入機会が限定的となるなか、技術的裏付けも希薄なままに排出削減を求める政策が強化され、企業は静かに国内生産を海外へとシフトすることを余儀なくされた。将来の電力需要低迷を人口減少社会の必然と割り切ることはできない。世界経済は2〜3%の成長を持続しており、同質的な労働の賃金が米国の半分にまで低下したことは日本の経済政策の失敗だが、成長余力を溜め込んだ状態でもある。円安環境を持続させながら日本の製造業の復活と輸出拡大に挑戦すべきであり、安価で安定的な電力供給はその基盤だ。デジタル化や生成AIの普及など技術的な需要増要因も多い。十分な技術的裏付けも有効な国際的制度設計も未整備なまま脱炭素という目標のみが先鋭化された結果、低炭素化を先行する経済は停滞し、その外側の経済が拡大しながらグローバルな排出量が増加するという失敗を繰り返してきた。日本政府はカーボンニュートラルに向けた排出削減がオントラックにあることを政策の成果だと自賛するが、それは日本の経済成長が先進国でもっとも低迷したことの結果にすぎない。
「薄氷を踏むGX戦略ーエビデンスなき政策」(エネルギーを見る眼)
- 著者名
- :野村浩二
- 掲載誌名
- :誌名『エネルギー政策研究会 EP Report』 出版社エネルギーフォーラム社 (出版年(月日)2024年04月)
- 共著区分
- :単著
- 掲載種別
- :記事・総説・解説・論説等(商業誌、新聞、ウェブメディア)
- 査読有無
- :無し
コロナ禍からの経済復興として喧噪されたグリーン・リカバリーは空疎な帰結となった。ロックダウンにより落ち込んだエネルギー消費は米国や韓国では1年あまりでパンデミック前と同水準に回復し、中国ではわずか数カ月で以前の成長軌道へと戻った。エネルギー転換は経済の構造変化を要する長期的なプロセスであり、大きく傷んだ回復期に無用の痛みを求めることは当然だった。エネルギー転換に向けた道筋において、転換に要するコスト増や規制がエネルギーの価格高騰や安定供給の毀損をもたらすならば、いかなる国もその政策を持続できない。そうした懸念が大きいのは、エネルギー転換は確かな「実需」に支えられたものではないからだ。一部の民間企業はそこに成長機会を見出そうとも、そのすべては政策によって創出された「官需」に依存している。EVでは官需の支えを失うとともに、かなり痩せ細った現実の実需の姿が見えてきている。実需なき政策の実現困難性に加え、目的と手段の整合性も問われなければならない。世界的に大きなバラつきを残したままの現状制度(パリ協定)のもとでは、先進国の努力はグローバルな排出削減に逆効果となる可能性が大きい。削減目標の低い中国やインド・アセアン諸国へと生産が移転するだけとなり世界的な排出はむしろ増加するカーボン・リーケージは、論理的な可能性ではなく、京都会議からの四半世紀に見出される強固な現実である。日本のGX(グリーン・トランスフォーメーション)は、かつての民主党政権下での▲25%削減によるグリーン成長の実現という夢想を数倍にも膨張させ、技術的・経済的なエビデンスなきままに構築された戦後日本経済の最大規模の愚策だ。コスト最小化モデルによるエネルギー転換への道筋を描くことに汲々としているが、「最小化」されたというコスト増の姿は示されず、それ自体の実現可能性からは目が逸らされたままの似非エビデンスを与えている。真に問うべきは生産を所与としたもとでの排出制約によるコスト最小化ではなく、転換という制約による生産への影響なのだ。この30年の日本経済は経済効率性として米国経済に大きく後れをとった。米国が非効率な資源配分を行うターンでも追随するようでは無策に過ぎる。著者には、ドイツや日本のさらなる非効率政策の推進によりエネルギー多消費産業を中心として米国での生産回帰が促される効果は大きいものと映り、それは米国にIRAの政策効果を過大評価させよう。真綿で首を絞めるがごとく、GXの弊害は見えづらい。その道筋では、リアルタイムに近く継続的に観察でき主要国間で比較可能な指標に注視すべきだろう。本年3月末、日米中韓独伊仏英の8か国における実質的なエネルギーコスト負担に関する速報値を与えるエネルギーコスト・モニタリング(ECM)を公表した。実質的なコスト負担の国際格差とともに、政策による弊害のリトマス試験紙ともなるエネルギー多消費産業の直近の生産動向を把握すべく、エビデンスを構築していきたい。
「中国「新三大」の過剰生産ー大きな政府の産業政策は崩壊するか」(エネルギーを見る眼)
- 著者名
- :野村浩二
- 掲載誌名
- :誌名『エネルギー政策研究会 EP Report』 出版社エネルギーフォーラム社 (出版年(月日)2024年07月)
- 共著区分
- :単著
- 掲載種別
- :記事・総説・解説・論説等(商業誌、新聞、ウェブメディア)
- 査読有無
- :無し
世界は中国経済の成長鈍化に注視している。公式統計にみる成長率はパンデミック前と比べて年率1ポイントほどの緩やかな減速にすぎないが、不動産市場のストック調整はより深刻だ。地方政府の収入の4割ほどを支えてきた土地使用権の売却収入が不動産市況の低迷により減少し、財政を圧迫させている。中古住宅価格は2021年半ばから2023年末までに10%以上下落しており、政府による止血処置の成否が注目される。中国経済は弱い内需を外需によって補うため、製品の輸出価格を大きく低下させる価格競争に打って出ている。中国の大きな期待は「新三大(New Three)」と言われる太陽電池・リチウムイオン蓄電池・EVに集まっており、2023年末には旧三大品(家電・家具・衣料品)の輸出額のほぼ半分ほどにまで成長した。中国の過剰生産能力を背景に行き過ぎた価格競争が始まったとき、中国の生産者を救済してきたものは先進国政府が政策的に創造した官需であった。かつて2012年には日本のFIT法がその救世主となった。当時、日本で再エネ推進を求めた論者は日本国内産業の育成と価格低下を主張していたが、反対に日本の国産率は激減し輸入価格は2割ほど上昇した。それが中国メーカーを救済し、熾烈な価格競争による損失は競合相手の撤退後に補填されてきた。オランダも2022年に太陽光発電シェアを14%にまで急拡大させることで救世主となったが、その宴も2023年末には終わり、太陽電池輸出額はピークから半減した。東京都が来年度から太陽光発電設置義務化を導入するというが、中国生産における人道的な問題が国際的に問題視される現在、救世主は再び現れないかもしれない。コロナ禍以降、中国はリチウムイオン蓄電池とEVの輸出を急速に拡大させてきた。本年5月、米国バイデン政権は中国からのEVに100%の関税を課すとし、6月には欧州委員会も通常の自動車関税10%に加え17.4〜38.1%の追加関税を課すとした。この数年に大きくアクセルを踏み込んでいた中国企業に対して、欧米の急ブレーキは大きな打撃となろう。世界が保護主義というコストをしばらく容認するならば、成長モデルが崩壊するのは中国である。世界の工場と化した中国の四半世紀の躍進を支えたものは、欧州や日本における経済とCO2排出の見かけ上のデカップリングの追求だった。それは世界のCO2排出をむしろ増加させたが、反省なきまま加速した脱炭素政策はグリーン需要を中国政府と企業の前に示してきた。予見性が高いと思われたそれが蜃気楼ともなれば、不動産業に加え製造業の過剰資産は顕著となり、この四半世紀の成長モデルは壊滅的なダメージを受けるだろう。
「日独の「補助金漬け」政策ー官民協調に迎合する日本のメディア」(エネルギーを見る眼)
- 著者名
- :野村浩二
- 掲載誌名
- :誌名『エネルギー政策研究会 EP Report』 出版社エネルギーフォーラム社 (出版年(月日)2024年10月)
- 共著区分
- :単著
- 掲載種別
- :記事・総説・解説・論説等(商業誌、新聞、ウェブメディア)
- 査読有無
- :無し
本年9月、日本経済新聞に「脱炭素は論より実行」というタイトルの記事が掲載されたことには驚いた。経済学的なロジックを議論せずに行動のみを求める姿勢は、メディアに期待される役割とは言えない。脱炭素のための技術は依然として高価であり、主要国が排出削減の負担として共通の競争条件に立つことを担保する制度が未整備なままでは、「論より実行」は経済社会に甚大な損害を与えかねない。リスクはすでに顕在化している。日独のエネルギー多消費産業は、パンデミックからの生産回復後のこの数年間に2割減もの急速な生産衰退を経験した。対照的に中国は2割以上の生産拡大となっている。国間のエネルギー政策の相違が導く競争条件の差異とエネルギー価格の内外価格差こそが、日独の衰退と中国の躍進を導いており、それは世界のCO2排出量をむしろ増加させてきた。日本の鉄鋼業が利益を拡大できたのは歴史的な円安による外部要因が大きいが、日本企業はその幸運を過小に評価し危機感は希薄なままに脱炭素政策へ進んでいる。半世紀前に類型化された「邪悪な問題(wicked problem)」は、その解決法に接近することが極めて難しい性格を持ち、正しいと考えた処方箋が逆効果を導くことも例外ではない。現在の脱炭素はその典型例だ。そうした問題に対峙するならばメディアや研究者は政策の影響による経済社会の変化を把握し、政策手段の正当性を常に問い続けなければならない。猪木武徳教授はかつて、日本ではメディアが「高度化・複雑化した問題を分析的に議論することを忌避」してきたと指摘し、「国際的な論争がまき起こった場合にとくに問題を深刻化させる」と見抜いていた。著者の経験によれば現在のメディアは、脱炭素という複雑な問題の分析的な議論を避ける段階から、その経済学的なロジックの理解を避ける段階にまで進んでいる。ドイツのディ・ヴェルト紙チーフエコノミストのシームス氏は、ハベック連邦経済大臣による介入のスパイラルが「グリーン経済の奇跡」にまったく繋がらず独経済を弱体化し続けていると指摘する。市場において最も革新的な企業が表彰されるのではなく補助金や支援措置を導く最も優れたロビー活動を行った企業が表彰されることでは、「ドイツは産業博物館へと墜落してしまう」と批判した。日本鉄鋼業も脱炭素の難しさをよく知りながら、巧妙な言い回しでロビー活動に近い動きも増えたようにみえる。政府は多額の補助金を出しながら国内排出をオントラックで削減しグリーン・トランスフォーメーションの成功を演出するために、産業空洞化を永遠の懸念事項として棚上げする。官民が一体となりメディアが無批判に迎合する日本の集団浅慮は、現行政策の軌道修正を遅らせ長期的な経済損失を甚大なものとするだろう。
「エネルギーの内外価格差ー過剰なCN政策で危機的水準」(エネルギーを見る眼)
- 著者名
- :野村浩二
- 掲載誌名
- :誌名『エネルギー政策研究会 EP Report』 出版社エネルギーフォーラム社 (出版年(月日)2025年02月)
- 共著区分
- :単著
- 掲載種別
- :記事・総説・解説・論説等(商業誌、新聞、ウェブメディア)
- 査読有無
- :無し
第7次エネルギー基本計画の素案では「脱炭素化に向けたコスト上昇を最大限抑制するべく経済合理的な対策から優先して導入する」とされた。しかし日本経済が最優先すべき課題は、脱炭素政策が導くさらなるコスト上昇幅の抑制ではなく、価格自体の縮減である。近年拡大してきたエネルギー消費の内外価格差は危機的な状況にある。総合的なエネルギーの価格差を求めるには、各国の産業構造やエネルギー消費構造の相違に依存した複雑な計算が必要だ。近年の価格高騰期の特徴は同時に円安が進行したことであり、円建てエネルギー価格を円安水準の為替レートでドル建てに換算すると日本の価格が相対的に安く見えてしまう。そのためエネルギーのPLI(価格水準指数)をマクロ的な生産のPLIで除した「実質的なエネルギー価格水準指数(Real PLI)」による比較が有効であり、同指数は為替レートの変動から独立したより安定的なトレンドを抽出できる。2025年2月に公表したエネルギーコスト・モニタリングによれば、2024年第4四半期における日本の最終エネルギー消費全体のReal PLIは米国の3.0倍にまで上昇したと推計される。コロナ禍前の2015〜19年平均(2.3倍)に比して現在では3割ほど価格差が拡大したことを意味する。電力のみではドイツや英国の価格は突出して高いが、最終エネルギー消費全体のReal PLIではドイツは米国の2.6倍、英国・中国は2.5倍、フランスは2.4倍に過ぎず、日本との乖離は大きい。円安下での原油輸入価格のみならず国内石油精製コストの上昇も大きな要因だ。米国の第2次トランプ政権はエネルギードミナンスの追求により米国内のエネルギー価格を抑制する方向へと舵を切った。日本が脱炭素政策の基盤のもとに第7次エネルギー基本計画を実行に移せば、内外価格差のさらなる拡大は必至である。ドイツでは2010年代後半からの脱炭素政策の加速によりエネルギー多消費製造業の国内生産が減退を始め、脱原発と脱石炭がさらなる価格高騰と産業空洞化を促してきた。2023〜24年は2期連続のマイナス成長がほぼ確実となり、2025年も下方修正が続く可能性が大きい。重要なことは、日本の電力やエネルギーの内外価格差を縮小させることは、原発の推進を除くほぼすべての脱炭素政策の継続とは相容れないということだ。戦後最大レベルに拡大した実質エネルギー価格を縮減させるという強固な意思を示さない限り、価格要因と非価格要因による産業空洞化は着実に進行する。非現実的な政策からの転換を遅らせてはならない。