慶應義塾

ミニマルな「Bean to Bar」スタイルの魅力。日本人の感性から生まれたチョコレートを、世界へ返したい。

登場者プロフィール

  • 山下貴嗣(やました たかつぐ)

    Minimal -Bean to Bar Chocolate-代表

    2007年商学部卒業。新卒で株式会社リンクアンドモチベーションに入社し、企業経営コンサルタントとして数多くの企業の課題解決と新規事業立ち上げに携わる。在職中に米国の「Bean to Bar」チョコレート文化に出会い、2014年8月に飲食業界未経験のまま株式会社β ace を設立。「Minimal-Bean to Bar Chocolate-」を立ち上げ、カカオ豆から板チョコレートまでを自社で一貫製造するスタイルを日本に広める。2026年5月現在、東京都内に5 店舗を展開。また世界的な品評会で多くの賞を受賞するなど、国内外から注目を集めている。

    山下貴嗣(やました たかつぐ)

    Minimal -Bean to Bar Chocolate-代表

    2007年商学部卒業。新卒で株式会社リンクアンドモチベーションに入社し、企業経営コンサルタントとして数多くの企業の課題解決と新規事業立ち上げに携わる。在職中に米国の「Bean to Bar」チョコレート文化に出会い、2014年8月に飲食業界未経験のまま株式会社β ace を設立。「Minimal-Bean to Bar Chocolate-」を立ち上げ、カカオ豆から板チョコレートまでを自社で一貫製造するスタイルを日本に広める。2026年5月現在、東京都内に5 店舗を展開。また世界的な品評会で多くの賞を受賞するなど、国内外から注目を集めている。

30歳でコンサルタント会社を辞めチョコレート専門店を起業

-2014年、山下さんはチョコレート専門店「Minimal」をオープンされました。「Minimal=最小限」という店名には、どのような思いが込められているのでしょうか。

山下

チョコレートの「最小限」を突き詰めていくと、最後に行き着くのは原材料であるカカオ豆です。私たちは、そのカカオ豆そのものにフォーカスしたチョコレートづくりを目指しています。特徴的なのは、カカオ豆の仕入れから板チョコレートになるまでを一貫して行う「Bean to Bar(ビーン・トゥ・バー)」というスタイルです。カカオは産地や発酵、乾燥、焙ばい煎せんなどの工程によって、驚くほど味わいが変わります。同じカカオ豆と砂糖だけを使っていても、柑橘(かんきつ)系の香りが立ったり、ナッツのような風味が出たりする。まるでワインやコーヒーのように、素材そのものに豊かな個性があるんです。だからこそ、余計なものを加えず、カカオ本来の魅力を引き出したい。その思想を表す言葉として「Minimal」という名前を付けました。

-実際に試食させていただくと、フルーツやナッツが入っているような味わいで驚きました。本当にカカオ豆と砂糖だけなのですか。

山下

本当にそれだけなんです。ただ、それは言葉だけではなかなか伝わりません。だから店舗では無料試食を行い、産地や製法による風味の違いを実際に体験していただいています。板チョコレートだけではなく、パティシエが開発したガトーショコラやクッキー、自家製ホットチョコレート、スペシャルティコーヒーなども提供しています。共同創業者が長年バリスタとして活動してきた人物なので、コーヒーにも強いこだわりがあります。スペシャルティコーヒーとBean to Barチョコレートは、どちらも素材の個性を引き出す文化という意味で、近い存在なのです。

-そもそも山下さんがチョコレート専門店を始めたきっかけは何だったのでしょうか。

山下

それをわかりやすく説明するのはとても難しい(笑)。前職のコンサルティング会社時代、ニューヨークへ出張した際に、スペシャルティコーヒーやBean to Barが新しいカルチャーとして盛り上がっているのを目にしました。ただ、当時は一消費者として「面白いな」と感じていただけで、まさか自分がチョコレート専門店を起業するとは思っていませんでした。ただ、30歳を目前にして「新しいことに挑戦したい」という気持ちが抑えられなくなっていました。そんな頃、東京・中目黒のスペシャルティコーヒー店で、自家製チョコレートを食べる機会がありました。その瞬間、「なんだこれは?」と衝撃を受けたのです。カカオと砂糖しか使っていないのに、柑橘系の香りが広がった。そこでニューヨークでのBean to Bar体験を思い出しました。

-先ほど私が驚いたのと同じ体験ですね。

山下

まさにそうです。その感動が忘れられず、退職後の進路に迷っていた私は、そのカフェのオーナーだったバリスタを誘って起業しました。それがMinimalを運営する株式会社β aceの始まりで、彼は現在も商品開発の中心を担っています。振り返ると、自分の人生は偶然の出会いに導かれてきた気がします。私は昔から、明確なゴールを決めて一直線に進むタイプではありませんでした。どちらかというと、川の流れに身を任せながら、その時々で面白いと思った方向へ進んできた感覚があります。

ニカラグアでのカカオの発酵実験。 カカオの実の断面から発酵具合を確認します

異なる文化や価値観に触れた海外でのバックパッカーとしての日々

-学生時代についても教えてください。

山下

生まれ育ったのは岐阜県岐阜市です。高校時代から東京への憧れが強くて、夜行バスで原宿へ服を買いに行ったりしていました。大学進学も、大阪や名古屋ではなく、絶対に東京の大学に進学するつもりでした。

慶應義塾での大学生活は楽しかったですね。高校まではサッカーに熱中していて、大学でもサッカーサークルに入っていました。サークルの仲間は先輩、後輩かかわらず今でも仲が良いですね。商学部での学びは数字や実学の理解などに面白さを感じていました。テスト前には勉強にはかなり集中して取り組み、途中から給付型奨学金をいただけるようになりました。当時は働くことにも興味があり、飲食店を中心にアルバイトを掛け持ちしていましたね。2年生からは長期休暇に海外を旅するようになりました。ヨーロッパ、中南米、アジアなどをバックパッカーとして巡りました。当時の先輩たちも読んでいた沢木耕太郎さんの紀行文『深夜特急』の影響ですね。異なる文化や価値観に触れた経験は、とても大きかったと思います。

大学では興味がある授業は幅広く学び、哲学や歴史などの授業も選択していました。3年生からはもっと世界のことを知りたいと思い、和気洋子教授(現名誉教授)の研究室で国際経済学を学びました。当時から「いつかグローバルに展開するビジネスに関わりたい」という意識はどこかにあったのかもしれません。

-大学時代には、起業を意識していたのでしょうか。

山下

いえ、まったく。ごく普通の大学生だったと思います。就職活動では、最初は国際金融業界を志望していました。でもなかなか内定が出なくて、「この業界、自分には向いていないのではないか」と迷いが生まれました。そんなとき、知人の紹介でコンサルティング会社に出会いました。感性や人の思いといった右脳的なものを、論理的に整理してビジネスや組織へ落とし込んでいく。その仕事に強い魅力を感じました。面接で出会った先輩社員たちも、とても輝いて見えました。

-コンサルタント時代はどのような仕事をされていたのですか。

山下

新卒で新規事業開発の部署に配属されました。でも最初はまったく成果が出ませんでした。本当に苦しかったですね。それでも「やるしかない」と腹をくくり、チームで必死に売り上げを伸ばしていきました。その後はナショナルクライアントの組織・人材開発にも携わり、20代後半で30人規模のチームを率いる立場になりました。仕事はかなりハードでしたが、やりがいは大きかったです。

ただ、先ほど述べたように30歳を目前にした頃、「まったく新しいことに挑戦したい」という気持ちが抑えられなくなりました。今振り返ると、父の影響もあり、私はずっと、「ものをつくる仕事」に憧れを持っていました。

高校生の頃には、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』や岡倉天心の『茶の本』といった書籍にも影響を受けました。内容を完全に理解していたわけではありませんが、日本独自の美意識や言葉の美しさに強く引かれていたんです。シンプルさの中に豊かさを見いだす感覚や、制約の中で工夫を重ねる日本のものづくり。その価値観が、Minimalのチョコレートづくりにもつながっている気がします。

コンサル時代の私は、人や組織の感情や思いといった「右脳的」なものを、ビジネスや組織設計という「左脳的」な領域に落とし込む仕事をしていましたが、今はMinimalで、日本人ならではの繊細な感性や創意工夫を、チョコレートという形で世界に届けたいと思っています。

西洋由来のチョコレートを日本人ならではの感性で再構築

山下

日本はこれから少子高齢化が進み、労働人口も減っていきます。経済規模の縮小は避けられないかもしれません。でも、だからといって悲観する必要はないと思っています。むしろ、日本が世界に対して発信できる価値は何かを考えたとき、私が高校時代から引かれてきた「日本人の感性」や「クラフトマンシップ」にこそ可能性があると感じています。和食が世界的に評価されているように、日本の食文化には繊細さや奥深さがあります。それはグローバルでも十分通用するはずです。チョコレートは西洋発祥の文化ですが、それを日本人の感性で捉え直し、再構築して世界へ返していく。そんなビジネスができたら面白いと思っています。

定番商品の板チョコレート

-現在Minimalは都内に複数店舗を展開されていますが、将来的には海外進出も視野に入れているのでしょうか。

山下

はい。今後10年のテーマは「to global」です。世界的なチョコレート品評会で、日本のチョコレートブランドとして初の金賞を受賞するなど、品質については国際的にも高い評価をいただいています。現在は東京都内を中心に展開していますが、「Made in Tokyo」のチョコレートを世界へ届ける準備を進めています。

起業当初から大きな影響を受けてきたのが、スペシャルティコーヒーの先駆者として知られる丸山珈琲や、革新的な日本酒造りで世界的に注目される新政酒造です。特に丸山珈琲の丸山健太郎さんには、コーヒー豆の産地買い付けにも同行させていただきました。実際に現地へ行き、農家の方々と対話し、自分の目で産地を見る。その重要性を教えていただいたんです。チョコレートも同じです。単なる商品ではなく、カカオ豆の背景にある土地や文化、生産者の営みまで含めて価値を届けたい。Minimalでは、市場価格以上でカカオ豆を買い付けることで、品質向上に取り組む農家と継続的な関係を築いています。そうしたフェアトレードの取り組みを通じて、生産者の安定収入や持続可能な栽培にも貢献したいと考えています。近年はカカオ価格の高騰など難しい局面もありましたが、それを乗り越えながら、日本にBean to Bar文化を根づかせ、そこからグローバル展開へつなげていきたいですね。

山下君画像

-最後に、塾生へのメッセージをお願いします。

山下

私は自分に特別な経営の才能があるとは思っていません。創業メンバーや多くの先輩方との出会いに支えられてここまで来ました。大学時代も本当に普通の学生で、自分がスタートアップのCEOになるなんて想像もしていませんでした。だから、多くの学生の皆さんも、まだ明確なビジョンを持てていなくて当然だと思います。でも、だからこそ皆さんは「何者にでもなれる」。知力も体力も最も充実している大学時代には、興味を持ったことを全部やってみる。そして、できればとことん突き詰めてみる。その経験が将来につながっていくはずです。最近になって、「独立自尊」という理念の深さや、学生時代には十分理解できなかった『学問のすゝめ』の言葉に、あらためて心を動かされるようになりました。慶應義塾で過ごした時間や、そこで受け継いだDNAのありがたさを、今になって強く感じています。

挑戦に年齢は関係ないのかもしれません。私自身も、これからグローバル展開という新しい挑戦が始まります。後輩の皆さんに負けないよう、これからも前に進み続けたいと思っています。

-本日はありがとうございました。


この記事は、『塾』SUMMER 2026(No.331)の「塾員山脈」に掲載したものです。