慶應義塾

文学部 図書館・情報学専攻開設75年

人間や社会の経験や知識を記録して伝達し、活用する仕組みを研究する図書館・情報学。今年、文学部「図書館・情報学専攻」は開設75年を迎えた。その前身である文学部図書館学科は、1951年春、日本初の本格的な図書館員養成機関「日本図書館学校(Japan Library School)」として開設された。戦後、慶應義塾で産声を上げた図書館学が、21世紀のデジタル社会を支える図書館・情報学へと発展していったプロセスをたどる。

日本初図書館学校誕生の鍵は『福翁自伝』英訳版

戦前までの日本には、大学において図書館員を専門的に養成する教育機関はほとんど存在しなかった。図書館は「本を保管する場所」としての役割が中心であり、利用者サービスや情報提供の方法を体系的に研究する学問分野も未成熟だった。

転機となったのは第2次世界大戦後である。連合国軍総司令部(GHQ)の民間情報教育局は、民主主義国家として再出発する日本において、学術や教育制度の整備を進め、その一環として大学に図書館学科を設立する構想を打ち出した。

ギトラー(左から3人目)を含む講師陣(1951年頃)(福澤研究センター提供)

その拠点として選ばれたのが慶應義塾大学だった。選定の中心となった米国人図書館学者ロバート・ギトラーは、東京大学、京都大学、同志社大学、早稲田大学など複数の大学を調査した上で、最終的に義塾を選定した。

決め手の一つとされるのが、1951(昭和26)年1月10日、福澤諭吉の誕生日に初めて三田キャンパスを訪れたギトラーに贈られた、清岡暎一訳『福翁自伝』英訳版だった。ギトラーが福澤の精神や義塾の校風に触れたことが、日本初の図書館学校を慶應義塾に設立する後押しになったと言われている。清岡は福澤の孫にあたり、義塾で英語教育に携わる一方、コロンビア大学やハワイ大学で日本語や日本史を講義した経験を持つ人物だった。戦後はGHQとの日吉キャンパス返還交渉にも尽力し、国際的な視野を持つ教育者として義塾を支えた。

左:清岡暎一、右:ロバート・ギトラー(ともに福澤研究センター提供)

「本を守る」から「情報を生かす」へ

ギトラーが初めて義塾を訪れた年の春、三田キャンパスの木造校舎5号館でいよいよ図書館学教育がスタート。文学部に図書館学科を新設し、対外的には「日本図書館学校(Japan Library School)」と名乗った。米国およびカナダから派遣された講師陣による授業では、英語で図書館学が教えられた。「利用者に必要な情報をどう届けるか」という発想が重視され、単なる保管庫ではなく、人々の学びや知識創造を支える図書館を志向していたのだ。

1956(昭和31)年には教員全員が日本人となり、日本独自の図書館学教育が本格化した。さらに1967(昭和42)年には大学院文学研究科修士課程「図書館・情報学専攻」を開設し、翌年、学科名も「図書館・情報学科」へ改称。1975(昭和50)年には博士課程を設置し、研究領域を大きく発展させていった。

1993(平成5)年からは「図書館」「情報メディア」「情報検索(現・情報管理)」の3コースを導入し、情報社会の変化に対応した教育を展開。2000(平成12)年の学部改組以降は、人文社会学科図書館・情報学系図書館・情報学専攻として現在に至る。なお、2004(平成16)年には、現職者の再教育を目的とした「情報資源管理分野」が修士課程に設置されている。

現在では、デジタルアーカイブ、インターネット検索、データベース、電子資料管理など研究対象は大きく広がった。古典籍や歴史資料をデジタル化し、世界中に公開した上で、それを活用した研究も進んでいる。

図書館・情報学を専門的に学べる大学は国内では限られている。図書館・情報学専攻では三田キャンパスのメディアセンター職員によるレファレンス実習が行われるほか、実際に図書館やデータベースを使って課題に取り組む演習も多い。知識を学ぶだけでなく、実践的に「情報を扱う力」を身に付けられる点も大きな特色と言える。

情報社会を支える進化し続ける学問として

75年の歴史の中で、その前身も含めて図書館・情報学専攻は図書館文化に関わる多くの人材を社会へ送り出してきた。

石川県立図書館長の田村俊作氏は、大学院文学研究科博士課程で図書館・情報学を学び、情報探索や図書館サービス研究の発展に貢献してきた研究者として知られている。図書館を人々が知識と出合う公共空間として捉え、その可能性を広げてきた。

児童文学作家・翻訳家で、東京子ども図書館名誉理事長を務めた故・松岡享子氏は文学部図書館学科で学んだ塾員の一人だ。子どもの本の翻訳と創作に力を尽くし、日本の子どもの読書文化に大きな足跡を残した。図書館を「子どもが本と出会う場所」として育て続けたその活動には日本図書館学校以来の理念が息づいている。

2024年に日本最大の知識基盤を担う国立国会図書館の第18代館長に就任した倉田敬子氏は法学部政治学科卒業後、文学部に学士入学し、図書館・情報学を学んだ。大学院文学研究科博士課程を経て、図書館・情報学研究者として長年教育・研究に携わってきた実績を有する。

図書館・情報学で培われた知識と視点は、図書館だけにとどまらない。出版、教育、IT、マスメディア、行政など、多様な分野で「情報を整理し、人へ届ける力」として生かされている。75年前、日本初の図書館学校として始まった小さな挑戦は今、デジタル時代の知識社会を支える学問へと成長した。図書館・情報学専攻はこれからも、本と情報、人と知識を結び付ける新たな可能性を切り開いていく。


この記事は、『塾』SUMMER 2026(No.331)の「ステンドグラス」に掲載したものです。