慶應義塾

「自分で考える力」が世界への扉を開く セパタクローとビジネス、「二兎」を追う挑戦

登場者プロフィール

  • 春原涼太(はるはら りょうた)

    株式会社ギックス Data-Informed事業本部/セパタクロー日本代表

    2021年経済学部卒業。高校まで12 年間サッカーに打ち込み、大学入学を機にセパタクローを始める。競技開始からわずか数年で大学生として日本代表入りを果たし、現在は日本代表強化指定選手として世界の舞台で活躍。2023年杭州アジア競技大会クワッド種目で銅メダルを獲得し、2025年にはキングスカップ世界選手権クワッド種目で優勝、日本セパタクロー界初の世界一に輝いた。大学卒業後は企業での仕事と両立しながら、国内外の大会に出場。現在はデータ・AIを活用した戦略コンサルティングなどを手がける株式会社ギックスに勤務する。

    春原涼太(はるはら りょうた)

    株式会社ギックス Data-Informed事業本部/セパタクロー日本代表

    2021年経済学部卒業。高校まで12 年間サッカーに打ち込み、大学入学を機にセパタクローを始める。競技開始からわずか数年で大学生として日本代表入りを果たし、現在は日本代表強化指定選手として世界の舞台で活躍。2023年杭州アジア競技大会クワッド種目で銅メダルを獲得し、2025年にはキングスカップ世界選手権クワッド種目で優勝、日本セパタクロー界初の世界一に輝いた。大学卒業後は企業での仕事と両立しながら、国内外の大会に出場。現在はデータ・AIを活用した戦略コンサルティングなどを手がける株式会社ギックスに勤務する。

競技との出会いが育んだ「自分で考える力」

-春原さんは大学に入りセパタクローを始められたそうですね。

春原

私は子どもの頃から高校までサッカーをしていました。大学では新しいスポーツに挑戦しようと思い、新歓でセパタクローサークルの先輩たちのデモンストレーションを見て「これだ!」と思いました。セパタクローは「足のバレーボール」とも呼ばれる東南アジア発祥の球技です。ネットを挟み2人(ダブル)、3人(レグ)、または4人(クワッド)構成の2チームが、手や腕を使わず、足や頭、胸などを使ってボールを相手コートに返し合います。サッカーの技が生かせそうですし、アクロバティックで、純粋に面白そうだったのです。

実際に始めてみると、求められる技術はサッカーとは大きく異なり、確立された指導法や教科書がほとんどありません。だからこそ、先輩の指導をもとに自分で考えながら上達していく楽しさがありました。私が所属していた「慶應セパタクロークラブ」は大学生大会や国内大会に出場していました。部員数があまり多くなかったので、東京大学や東京工業大学(現・東京科学大学)の学生と合同練習をすることもありました。

当時はちょうどYouTubeやSNSが普及し始めた頃で、タイやマレーシアといった強豪国の選手のプレー動画も格好の教材でした。逆足をどこまで上げるのか、体をひねるタイミングなどを繰り返し研究しました。ただ、そのまま真似してもうまくはいきません。自分の体格や柔軟性に合わせて「自分の型」をつくっていく必要があります。そうやって試行錯誤を繰り返すこと自体が楽しかったですね。

-セパタクローの基本ポジションは、攻撃を担うアタッカー、サーブを打つサーバー、アタッカーにトスを上げるトサーの3つだそうですね。

春原

私はトサーというポジションですが、常に「どうすれば1点につながるか」「相手の意表を突けるか」を考えるように心がけてきました。一般的には高く打ちやすいトスを上げるのがセオリーなのですが、少し低めで速いボールのほうが得点の確率が高くなることもあります。トスの安定感は絶対に必要ですが、それに加えて自分だからこそできる、勝つための工夫を追求していました。試合中に味方が最も力を発揮できる状況をつくることにやりがいを感じていたんです。

視野を広く持つトサーの経験は勉学にも生かされたと思います。私は経済学部で学んでいましたが、興味本位で法学部の授業を履修したこともあります。当時は「面白そうだから」という単純な理由でしたが、社会人になって営業や法務に携わる中で、その学びが役立つ場面が少なくありません。専門外の分野に触れることが、自分の視野を広げてくれたと感じています。

大学時代、他大学のチームメイトと

挫折を乗り越え、日本代表として世界へ

-卒業後も競技を続けようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

春原

私は高校までは理系志向でしたが、卒業後の進路も考慮して経済学部へ進学しました。ゼミでは国際金融論を学び、卒業後は外資系コンサルティング会社やメガベンチャーへの就職を考えていました。スポーツと同じように、実力で評価される環境で挑戦したいと思っていたからです。

しかし大学3年の夏、タイで開催されたキングスカップ世界選手権に学生育成選手として日本代表に帯同したことが転機となりました。それまでは本格的な競技は大学で終え就職するつもりでしたが、「もっと世界で戦いたい」という思いが芽生えたのです。

-競技人生で最も印象に残っている出来事は何でしょうか。

春原

やはりアジア競技大会の代表選考で一度落選したことです。自分の中では、人生で一番大きな挫折でした。

実は、その大会に向けて競技に集中できる環境を整えようと、アスリート社員として働ける企業に転職までして準備を重ねていましたが、最終的に代表に選ばれなかったのです。父親から「今まで順調だったけど、これが初めての挫折だな」と言われ「確かにそうかもしれない」と悔しさをかみしめました。

-どのように乗り越えたのですか。

春原

立ち直るまで時間がかかりました。それでも協会から、代表チームを支えるサポートメンバーとして大会直前まで練習相手を務めてほしいと依頼されました。正直、自分が出場できない大会を支えることには葛藤もありましたが、ずっと一緒に戦ってきた仲間のためでもあり、自分にも必ずプラスになると考えて引き受けました。この期間に、代表チームを外から見ることで、自分に足りないものを客観的に見つめ直せましたし、「次こそは」という思いも一段と強くなりました。

その後、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の余波で、大会が1年延期となり、なんと日本代表選考もやり直されることになったのです。延期が決まる前から私は「今後も代表を目指し、セパタクローは続けよう」と心に決めていました。一度代表に落ちたからといって、この競技そのものが嫌いになったわけではありません。そして1年後、再び代表選考に挑み、日本代表入りを果たしました。周りの支えや運のおかげで、代表に選ばれることができ、また大会ではクワッド種目で銅メダルも獲得でき、それまで続けてきて良かったなと思えました。

-昨年はキングスカップ世界選手権で春原さんたちの日本代表がクワッド種目で初の主要国際大会世界一に輝きました。

春原

はい、日本も今ではすっかり強豪国の一角と目されるようになりました。今年9月には名古屋で開催される重要な国際大会「アジア競技大会」が控えており、世界の頂点を目指して全力で挑みたいと思っています。

インタビュイー画像

二兎を追うからこそ見えてくる景色がある

-会社員として働きながら競技を続ける春原さんが、両立のために大切にしていることはありますか。

春原

なんと言っても一番大きいのは、会社の理解です。海外遠征や代表合宿で仕事を離れることもありますが、「頑張ってきて」と送り出してくれる職場環境があります。もちろん、その分だけ自分も仕事で結果を出さなければいけませんし、競技でも結果を残さなければ応援してくださる方々に申し訳ないという気持ちは忘れないようにしています。

そうした恵まれた環境だからこそ「仕事だから競技はできない」「競技があるから仕事はできない」といったことは避け、どちらにも誠実に向き合いたいと思っています。どちらも本気で取り組むからこそ、自分を応援してくれる人たちの期待に応えられると思っています。

平日は仕事を終えると、そのまま練習するために体育館へ向かいます。週に4、5日は練習がありますし、休日は代表合宿や大会が入ることも少なくありません。体力的には決して楽ではありませんが、不思議と苦にはならないんです。それだけセパタクローが好きなんだと思います。

そして挫折を経験したからこそ、競技ができることも、仕事を続けられることも決して当たり前ではないと実感しています。だから今は、一日一日の練習も、一つ一つの仕事も、どちらも大切に積み重ねていきたいと思っています。そうした積み重ねが、次の国際大会での結果や、その先の目標につながると信じています。

-仕事と競技の両立ということで健康には気を使われていると思います。食事面で工夫されていることはありますか。

春原

もちろん競技を続ける以上、体づくりは欠かせませんし、工夫しながらコンディションを整えるようにしています。確かに食生活は重要ですが、特別なことをしているわけではありません。アスリートなのでタンパク質は意識して多く取りますが、実は子どもの頃から野菜が苦手なんです。いけませんよね(笑)。だから、自炊だけだとついつい野菜不足になりがちなので栄養バランスが良い冷凍宅配食なども活用しています。ファストフード店などはなるべく行かないようにしていますが、たまに行っちゃうこともありますね(笑)。

国際大会でタイやマレーシアなど東南アジア諸国を訪れる機会も多くなりました。最初は海外の食事に戸惑いましたが、何度も遠征を重ねるうちに現地の料理にも慣れてきました。料理をはじめ、異文化に触れられることも、日本代表として活動する魅力だと思います。

試合中にトスを上げる瞬間

-U-21強化指定選手のコーチを務めているとのことですが、指導についてどのように考えていますか。

春原

指導法が確立されていないからこそ、自分たちで研究し工夫する面白さがあります。一方で、教える立場になると一定の指標も必要です。一人一人に合わせた指導と基本の型をどう両立させるかは、今も試行錯誤しています。

-仕事と競技の間で、相乗効果を感じる部分はありますか。

春原

非常に強く感じています。会社の業務を通してデータをもとに解釈し、最終的な意思決定を行うというプロセスを繰り返し行っています。そうしたスキルが身についたことで、競技におけるデータ分析の見方も変わりました。単に示されたデータに従うのではなく、「この傾向から自分たちはどう判断し、具体的にどう動くべきか」を主体的に考えられるようになったのは大きな相乗効果ですね。また、会社の仕事では一メンバーとして考え、行動しますが、セパタクローではゲームキャプテンとしてチーム全体を俯瞰(ふかん)する役割を担っています。両方の立場を経験しているからこそ、双方の視点をくみ取った行動や思考ができるようになっていると感じます。

-最後に塾生へのメッセージをお願いします。

春原

慶應義塾で過ごした4年間を振り返ると、一番印象に残っているのは人との出会いです。起業を目指す人もいれば、研究に没頭する人、海外へ挑戦する人もいる。それぞれが自分のやりたいことに真剣に向き合っていました。時間的にも精神的にも余裕を持ちながら、自分の将来を見据えて行動している人が多かったように思います。

そういう仲間たちを見ていたからこそ、「競技も仕事も本気で取り組んでみよう」と自然に思えるようになりました。大学で得た一番大きな財産はセパタクローの技術ではなく、「自分で考え、自分で選び、自分で挑戦する姿勢」だったのだと思います。よく「二兎を追う者は一兎をも得ず」と言われますが、私は二兎を追うからこそ見えてくる景色があると思っています。スポーツや学問、仕事など、異なる領域に挑戦することで、学びや視点が交差し、自分自身の強みへとつながっていきます。大学生という自由な環境にあるのだから、未知を恐れず、積極的に複数の領域へチャレンジして、自分ならではの経験を重ねてほしいですね。そして、もし良ければ、私たちセパタクロー日本代表への応援もよろしくお願いします。

-本日はありがとうございました。

取材 2026年7月27日