慶應義塾

日本が世界に誇る「HAI」のテクノロジーで人に寄り添う「ドラえもんを本気でつくる」

登場者プロフィール

  • 大澤正彦(おおさわ まさひこ)

    日本大学文理学部 准教授/次世代社会研究センター(RINGS)長

    2015年理工学部卒業。2020 年理工学研究科開放環境科学専攻後期博士課程修了。同年4月より日本大学文理学部情報科学科助教、同年12 月から次世代社会研究センター(RINGS)長。2023年より准教授。子どもの頃から抱く「ドラえもんをつくる」夢の実現のため、在学中から人工知能(Artificial Intelligence:AI)のほか認知科学や神経科学なども学び、4年次の夏に「全脳アーキテクチャ若手の会」(本文参照)を設立。Forbes 30UNDER 30 2022 日本発「世界を変える30歳未満」30人に選ばれる。著書に『ドラえもんを本気でつくる』『じぶんの話をしよう。』(いずれもPHP研究所)

    大澤正彦(おおさわ まさひこ)

    日本大学文理学部 准教授/次世代社会研究センター(RINGS)長

    2015年理工学部卒業。2020 年理工学研究科開放環境科学専攻後期博士課程修了。同年4月より日本大学文理学部情報科学科助教、同年12 月から次世代社会研究センター(RINGS)長。2023年より准教授。子どもの頃から抱く「ドラえもんをつくる」夢の実現のため、在学中から人工知能(Artificial Intelligence:AI)のほか認知科学や神経科学なども学び、4年次の夏に「全脳アーキテクチャ若手の会」(本文参照)を設立。Forbes 30UNDER 30 2022 日本発「世界を変える30歳未満」30人に選ばれる。著書に『ドラえもんを本気でつくる』『じぶんの話をしよう。』(いずれもPHP研究所)

「ドラえもんをつくりたい」気がついたらそう考えていた

-大澤さんは学生時代から「ドラえもんを本気でつくる」研究に取り組まれていますが、なぜドラえもんだったのでしょうか。

大澤

多くの方々が私にその質問をされるのですが、正直申し上げて「わからない」のです。小学校に入る前からそう思っていましたから、いつからその夢を抱くようになったかも定かではありません。もちろん子どもの頃には他にも好きなことはたくさんありました。小学生のときはピアノ、またピアノの先生の紹介で子役をやっていたこともありました。ものづくりは幼稚園の頃から大好きでトイレットペーパーの芯で巨大な工作物を作るのが楽しくてしようがありませんでした。小学生のときにはロボット作りの講座に通い、やがてロボットを動かす電子工作に関心を持つようになりました。そうしたものづくりの楽しさは現在の私の出発点の一つだったと思います。ただ「なぜドラえもんだったのか?」と問われると答えに窮してしまいます。現在の大人の頭で考えてもっともらしい理由付けをすることは可能ですが、それはすべてウソになる……そう思っています。

-それにしてもその夢を現在に至るまでずっと持ち続けてきたのですね。

大澤

子どもの頃に「ドラえもんをつくりたい」と言ったら周囲の大人に笑われました。「がんばって!」と言う人もいましたが、心からそう思っていないことは子ども心に察しが付いた。そうすると次第に人前でドラえもんの話をするのがイヤになり、自分の夢を隠すようになりました。一時は自分がドラえもんを好きだということすら忘れようとしていました。だから夢を持ち続けてきた、というより夢を忘れられなかったという方が正確かもしれません。人前でようやく「ドラえもんをつくりたい」と言えるようになったのは具体的に研究に取り組むようになった大学4年のときからです。

-高校は東京工業大学附属科学技術高等学校(当時)に進学されました。

大澤

中学校までのように決められた科目を決められた時間割通り勉強するのがイヤだなと思っていまして、工業高校ならロボットなど、ものづくりに没頭できると考えて高校に入った後に、猛勉強しました。ところが周囲のレベルがとても高くて勉強についていけない。最初の頃はダントツの劣等生でした。そんなとき、大好きだった祖父が突然亡くなりました。私は劣等生の自分を見せたくなくて、しばらく祖父とは会っていませんでした。亡くなった後、ショックを受けながらも「祖父に見せられないような姿=劣等生のままでいてはいけない」と奮起してそれまで以上に勉強に真剣に取り組むようになりました。幸い周囲の仲間が落ち込んでいた私を励まし、一緒に勉強してくれるようになりました。定期試験対策なども友達と分担、協力してやっていると次第に高校の勉強が楽しくなってきました。そうするとみるみる成績も上がって最終的には情報システム分野を首席で卒業することができました。また、在学中はプログラミングや情報処理の全国大会にも出場して、ハードではありましたが楽しく充実した高校生活を過ごすことができたと思います。

慶應義塾大学に入学して周りの「世界」が一変した

-慶應義塾大学理工学部に進学された理由は。

大澤

正直に申し上げますと、東京工業大学(現・東京科学大学)への内部進学の推薦枠に漏れてしまったのです。一般入試のための受験勉強はまったくやっていませんでしたから、AOや推薦入試ということになり、2大学志望できたのですが、なんとなく直感で「慶應義塾大学理工学部」1本で受験して入学することができました。正解だったと思います。もし慶應義塾大学に入学していなければ、現在こうして「ドラえもんをつくる」研究に取り組んでいなかったかもしれないとさえ思います。

-それはどういうことでしょうか。

大澤

高校まで私は周囲も含めて「技術・研究」一筋の生活を送っていたのですが、大学に入学したらまったく「世界」の様相が変わりました。理工学部の学生はもちろんそれぞれ興味ある専門分野の勉強には熱心に取り組んでいるのですが、それ以外にスポーツや音楽、エンタメなどを含む大学生活そのものを楽しもうとする学生がほとんどでした。まさにカルチャーショックです。世の中には多様な価値観がある。それが大学に入学してまず学んだことでした。それまで私は「ドラえもんをつくる」研究は一人でコツコツと孤独に取り組むものだと考えていたのですが、大学で多様な価値観を持つ人たち=仲間に出会い、協力してもらうことで「ドラえもんをつくる」可能性が開けてくるのではないかと180度考えを変えることになりました。

そこでまず周囲の学生と同じ「ふつうの大学生になる」ために、研究室を選ぶ前の学部3年間は、必要な授業以外では「科学技術」にはできるだけ触れないようにして、“世間”を学ぶためにサークルやアルバイトにも熱心に取り組みました。子ども好きだったこともあって特に児童ボランティアサークルの活動には熱心に取り組みました。実は現在でも研究活動のかたわら「ドラえもんを本気でつくる子ども会」をやっています。

-4年生からは研究室でAIの研究に取り組まれていますね。

大澤

はい。ようやく世間を知り、たくさんの仲間もできたので「科学技術」の世界に戻って、本格的に「ドラえもんをつくる」研究に取り組み始めました。修士課程の2年目からはインタラクティブAIなど知能システムを専門とする今井倫太教授に師事することになり、博士後期課程修了までお世話になりました。

学部生当時、学内のAIシンポジウムで聞いた大阪大学の石黒浩先生や当時ドワンゴ人工知能研究所長だった山川宏先生のお話も大きな刺激となりました。また、山川先生や東京大学の松尾豊先生がされていた「全脳アーキテクチャ勉強会」にも参加し、AIを研究している人たちと交流の機会を持ちました。やがて私はそこに参加していた若手メンバーを中心に「全脳アーキテクチャ若手の会」を立ち上げることになりました。そこにはAIの研究者だけではなく、神経科学や心理学、デザインなどを専門とする方々もいました。

在学中に後輩と開発していたコミュニケーションロボット

-大澤さんご自身も「ドラえもんをつくる」研究のために神経科学や認知科学について学ばれたとか。

大澤

はい。私が考える「ドラえもんをつくる」ためにはAIの知見だけでは不十分なのです。神経科学や認知科学のほか、人間の記憶を司る脳の海馬についても研究していますし、親しまれ、愛されるロボットのデザインも重要な研究テーマとなっています。

何よりドラえもんに求められる知能の本質は「ココロ」にあると私は考えています。ChatGPTなどの生成AIは大量に収集したデータから特徴やルールを学習する「ディープラーニング」を基盤としています。しかし従来のディープラーニング技術では、まだ誰もが認めるドラえもんらしい「ココロ」を生み出すことは難しく、別の新しい技術が必要となってきます。それが神経科学や認知科学などA I 以外の知見も活用したH A I(Human-Agent Interaction)。人とロボット・AIが協力するシステムを研究する学問分野です。いわばのび太とドラえもんの関係のようなシステムで、ロボットの中に「ココロ」を感じさせ、人の「仲間」と思える存在をつくるわけです。しかも人が関わり、サポートすることでロボットとしての技術的なハードルを下げることができます。実はこのHAI分野では日本が多くの研究実績を出しており、世界を牽引する立場にあります。

KEIO TECHNO-MALL2017の授賞式にて

「ドラえもんをつくる」プロセスでみんなに幸せになってもらいたい

-大澤さんは「ドラえもんをつくる」プロジェクトの完了を2044年と定めていらっしゃるとか。

大澤

はい、私が研究者として「ドラえもんをつくる」出発点となった大学4年からちょうど30年後です。ただしあくまでもプロジェクトの「完了」であり、ドラえもんの「完成」ではありません。

-どういうことでしょう?

大澤

「完成」と言ってしまうと世界中の誰もが認めるドラえもんということになってしまうからです。私は一人一人にその人なりのドラえもん像があると思っています。もちろん「完成」を目指して全力を尽くします。それも単に完成品を実現するだけではなく、プロジェクトに協力していただいている専門家や一般の方々すべてに「ドラえもん」をつくるプロセスの中で幸せになってもらいたいと願っています。それこそ「みんな大好きドラえもん」の実現を目指すのにふさわしいプロジェクトの在り方でしょう。

この10年で「ドラえもんをつくる」プロジェクトは想定以上の早さで進みました。ドラえもんの定義から始まり、先ほど申し上げたような必要な専門分野と技術、さらに一緒に頑張ってくれる仲間や研究機関や企業からのサポートも整いました。その間に生成AIの爆発的な発展もありました。もともと初期段階ではドラえもんがコトバを表面的に使ってしまうと、知能の本質的な部分が見えにくくなると思って、避けていましたが、大規模言語モデルを見て、知能の本質を捉えた技術であると感じ、研究に取り入れるようになりました。現在は、生成AIによる自然言語処理能力を取り入れて、人と「ココロ」も「コトバ」も通じ合うドラえもんの実現を考えるようになりました。これから10年、20年後にはまたこれまでになかった新たなテクノロジーが生まれるかもしれません。もしそれがドラえもんの実現に役立つならば積極的に使っていくでしょう。

日吉キャンパスで開催された国際会議HAI2025にて

-最後に塾生へメッセージをお願いいたします。

大澤

私は、技術と研究のことばかり考えていた工業高校から、さまざまな価値観を持つ学生が学ぶ総合大学の慶應義塾大学に進学して、人生がガラッと変わり、そのおかげで「ドラえもんをつくる」研究を現実化することができました。その過程でそれぞれ立場や方向性は違っても同じ夢を共有できるたくさんの仲間と出会うことができ、そのことにとても感謝しています。塾生の皆さんも、学生時代の人との出会いを大切にしてほしいと思っています。後輩の皆さん全般へのアドバイスといえばそれくらいでしょう。あとは一人一人それぞれ夢や目標、希望などがあると思います。もしかしたら私が周囲の大人に「ドラえもんをつくる」夢を本気にされなかったように、自分の夢を否定されて悲しい思いをされている方もいるかもしれません。でも、自分の未来をいちばん考えているのは自分自身のはず。自分が「好き」「挑戦したい」と思った感覚を大切に育てて学生時代を過ごしてほしいです。そうすればきっと同じ思いや感覚を持つ仲間と出会えるチャンスも広がるのではないでしょうか。

-本日はありがとうございました。


この記事は、『塾』WINTER 2026(No.329)の「塾員山脈」に掲載したものです。