慶應義塾
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# 12

三田キャンパスの隠れたオアシス -若き日の福澤諭吉の足跡を辿りながら-

#Location
公開日:2026.09.03

南校舎は2011(平成23)年に創立150年記念事業の一環として現在の姿に建て替えられた、三田キャンパスの中でもかなり新しい建物で、学生食堂 [ ザ・カフェテリア ] や塾員・教員用ラウンジ〔社中交歡 萬來舍〕 、ホールなど教室以外にも様々な施設がある。


▶三田キャンパス第一校舎のリニューアル空間についてもご紹介中!かつての電話ボックスを活用した個室ワークスペースや吹き抜けのくつろぎスポットなど、各フロアの魅力は、以下より詳しくご覧いただけます。あわせてぜひお読みください。


実は、この南校舎の7階に、キャンパスマップには記載されていない憩いの空間があることをご存じだろうか。

南校舎7階にはグループ学習室も併設されており、和気あいあいとした雰囲気が特徴だ。グループ学習室の手前には、廊下を挟む形で両サイドの屋外にテラスが設置されている。

屋内には複数人で利用できる机が多数設置されており、塾生同士の交流の場となっている

屋外に出てみると、オフィス街でもある三田の雰囲気を感じさせるビル群や東京タワーの先端が見えるという都心ならではの光景が広がる。一方で、多くの植物に囲まれており、都会の喧騒とはどこかかけ離れた空間を印象づけるスポットだ。

ユッカやアガベが植えられた屋外テラス。背景には三田のオフィスビル群が広がる

テラスにはテーブルと椅子が設置されており、ゆったりとした時間を過ごすことができる。

さて、このテラスでは両側でそれぞれ異なった植物が鑑賞できるのだが、実は展示されている植物にもしっかりした背景が存在する。

テラスに面した窓ガラスには、鑑賞できる植物が記してあるのだが、よく見てみるとそれぞれ以下のような記載がされている。

亜細亜(アジア)・欧羅巴(ヨーロッパ)

1862年(文久2年)

27歳の福澤諭吉は文久遣欧使節の通訳として随行しインド洋から紅海を経て、スエズ地峡を汽車で超え地中海を渡り、フランス、イギリス、オランダ、プロイセン、ロシア、ポルトガルへと旅をしました。広大なユーラシア大陸の自然を表現しました。

写真右 ビルの隙間から東京タワーの先端が覗いている。

北亜米利加(アメリカ)

1860年(万延元年)

1867年(慶應3年)

25歳の福澤諭吉は、軍艦奉行木村喜毅の従者として咸臨丸に乗って太平洋を横断しサンフランシスコを訪れました。カリフォルニアの自然をユッカやアガベを主に用いつつ同じ気候帯で生育する植物も織り交ぜて表現しました。

展示されている植物が慶應義塾の創立者・福澤諭吉の若き日の旅の足跡を辿ったものとなっていることがわかる。

亜細亜(アジア)・欧羅巴(ヨーロッパ)のエリアでは、アジアの熱帯植物、ヨーロッパのハーブ・果樹・落葉樹、ロシアの針葉樹など特有の植物が揃って見られる貴重なスポットとなっている。

一方の北亜米利加(アメリカ)エリアでは、アガベやユッカのほかに、ウチワサボテン、ホワイトセージが見られる。

南校舎7階にあるテラスの写真です
日本のビル群と北アメリカの植物が調和している光景。

なお、亜細亜(アジア)・欧羅巴(ヨーロッパ)の概説欄を注意深く見てみると、植物紹介の下には、アジア、ヨーロッパ、ロシアと福澤諭吉が辿った旅路とその移動手段が描かれていることがわかる。

20代の頃の福澤諭吉が世界を旅して目にしたであろう景色に思いを馳せながら、現代の都心の空を見上げてみるのもいいかもしれない。

※本記事は2026年時点の情報に基づき作成されたものです。

取材・撮影

K.S

文学部。文章を読むことで得られる学びはもちろん、同時に、文章を通して自分の考えを深めること、人に何かを伝えることに魅力を感じています。紅茶と辛めのジンジャーエールが好きです。


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