「自分」と「それ以外のもの」の境目はどこにあるのか。そんな生命の根源的な問いに、「イトマキヒトデ」というユニークな素材で挑むのが、慶應義塾大学文学部自然科学部門の古川亮平准教授です。学生時代の「落ちこぼれ」という体験から、不人気だった「ヒトデの免疫」研究を始め、いまや現代医学の難病であるアルツハイマー病の謎や、哲学・社会科学をも巻き込む深遠なテーマへと切り込みます。「AI×哲学・倫理:生物の『知』から解き明かす人間の未来」の後編では、教科書の常識を覆す数々の大発見を連発する異色の研究者が描く、生命科学の「ワクワクする未来図」に迫りました。
プロフィール
古川 亮平(ふるかわ・りょうへい)
教員・研究者/慶應義塾大学 文学部 准教授2005年3月、慶應義塾大学理工学部化学科卒業。2007年3月、同大学大学院理工学研究科基礎理工学博士前期課程修了。2012年9月、同大学大学院理工学研究科基礎理工学博士後期課程修了、博士(理学)。同大学文学部助教を経て、2024年4月から現職。
プロフィール
古川 亮平(ふるかわ・りょうへい)
教員・研究者/慶應義塾大学 文学部 准教授2005年3月、慶應義塾大学理工学部化学科卒業。2007年3月、同大学大学院理工学研究科基礎理工学博士前期課程修了。2012年9月、同大学大学院理工学研究科基礎理工学博士後期課程修了、博士(理学)。同大学文学部助教を経て、2024年4月から現職。
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■ヒトデの自己確立から見えた「免疫の起源」
「免疫」という言葉を聞いたとき、多くの人は「病原体やウイルスから身を守るための防衛システム」を思い浮かべるだろう。だが、生物学の視点からとらえ直すと、そこには「自己(自分自身)とは何か」という、より深遠な、哲学的ともいえるテーマが隠れていることに気づかされる。
免疫システムが正しく機能するには、体内にあるものが「守るべき自分(自己)」なのか、それとも「排除すべき異物(非自己)」なのかを正確に見極めなければならない。それがもしあいまいになれば、システムは機能しないか、自身を攻撃してしまう。つまり、まず「自己」という存在の境界線を確立しなければならないのだ。
ヒトをはじめとする脊椎(せきつい)動物は、このメカニズムが詳細に研究されてきたが、地球上の生物種で大多数を占める「無脊椎動物」においては、そのシステムの多くが長い間ベールに包まれていた。
古川准教授は、発生生物学と免疫生物学の知見を融合させ、日本近海に広く生息するイトマキヒトデのダイナミックな成長プロセス(変態)や体内の微細な細胞の振る舞いを追うことで、教科書の常識を覆す画期的な発見を連発している。
その代表例が、「ヒトデの自己確立のドラマ」だ。
イトマキヒトデは、生涯を通じてその姿を劇的に変化させる。卵から孵化(ふか)した「幼生(子ども)」のヒトデは、私たちになじみ深い星形とはほど遠い姿で海中を漂う。その後、岩場などに定着して劇的なモデルチェンジである「変態」を遂げ、ようやく星形の「稚ヒトデ」へと生まれ変わる。
古川准教授らの研究で、この幼生期のヒトデには、極めて奇妙な特徴があることが分かった。それは、「同種の他の個体の細胞を、全く拒絶しない」という点である。
私たちの体は、他人の細胞や臓器が移植されると、免疫システムが「非自己」と認識して激しい拒絶反応を起こす。だが、ヒトデの幼生期の免疫システムは、生きた同種の細胞であれば、すべて「自己」とみなして受け入れる。つまり、個体を個体として厳密に区別する「免疫学的自己」がまだ確立されていないことを意味する。
古川准教授は、この「同種=自己」という認識様式こそが「免疫の起源ではないか」と見ている。
「免疫は多細胞生物が生まれてから急にできたのではなく、単細胞生物だったときの能力がもとになっているのではないかと考えています。単細胞生物が生きる上で必要なことは、共食いを避け、有性生殖をすること。そのためには自分ではない他者を認識し、同じ仲間を見分けて許容するシステムが必要です。それが免疫の起源であり、その名残がヒトデの幼生にあるのではないかと考えています」
では、ヒトデはいつ同じ仲間を「非自己」として認識するのか。実験を重ねた古川准教授のグループは2022年、星形になって間もない「稚ヒトデ」期に「自己」を確立することを世界で初めて突き止めた。
変態の完了とともに自己を確立するという事実は、自己とは何かを考える上で重要な意味を持つ。実は、「変態には、環境中の非自己(=バクテリア)による刺激が欠かせない」からだ。
野生のイトマキヒトデは、幼生期を終える頃に岩場などに固着して変態を開始する。このとき、おそらくある特定のバクテリアが作るバイオフィルムの有無で、固着場所を決めていると考えられている。実験では、水槽に敷き詰めた砂利にヒトデを定着させるが、この砂利をあらかじめ高熱などで滅菌処理し、バクテリア(=細菌)を完全に排除した状態にすると、ヒトデは変態できなくなってしまうのだ。
生命は、完全に孤立した環境では「自分自身」になることすらできないという事実は、生物学の枠を超えて、私たちが社会の中で自己を形成していくプロセスをも想起させ、実に美しい生命のダイナミズムといえる。
古川准教授は言う。「そもそも自己とは何かと考え続けていますが、実はすごくあいまいなものです。免疫系とは、簡単に言えば自他の境界を決める、つまり自己を定義するシステムです。従って、免疫系の変化は自己の定義が変わることを意味する。しかし、たとえば、病原体に感染したりワクチンを打ったりすると、新しい免疫記憶が追加されるので免疫系は少しずつ変わっていきますが、自分自身は変わりません。体内の免疫がどれほど変化しても、自分という存在が保たれるのは不思議ですよね。つまり、自己とは固定された普遍的なものではなく、変化し続けることそのもの、いわば『行為としての自己』なのだと思います」
■星形の体は「頭」 変態のメカニズムと神経変性疾患を結ぶのは
古川准教授らの研究のすごさは、こうした哲学的な思索にとどまらない。ヒトデの変態過程が、現代医学が直面するアルツハイマー病やパーキンソン病といった人間の神経変性疾患と似たようなメカニズムで進む可能性にも迫っている。
それは、ヒトデが幼生から成体(大人)に変態する過程の遺伝子を網羅的に調べる中で、「新たな事実」として浮かび上がってきた。当初、自己の確立に直結するような、免疫システムの形成に関わる遺伝子ネットワークが出てくると予想していたのに、なぜか人間の神経変性疾患に関わる遺伝子ネットワークが次々と出てくることに、研究グループは困惑したという。
そこで、古川准教授らは大胆な仮説を立てた。
ヒトデの幼生は、星形の成体の姿へ変態するとき、幼生型の神経ネットワークを解体・処分する。一方で、人間のアルツハイマー病も神経細胞が死んで脳が萎縮していく病気であり、この両者の「神経が死んでいくプロセス」は酷似している。つまり、ヒトデの変態とアルツハイマー病は、よく似た分子メカニズムで進行するのではないか――。
その謎を追いかけていた2023年、ヒントとなる論文が「Nature」誌に掲載された。アメリカの研究グループによって、ヒトデには胴体がなく「星形の体の大半が我々脊椎動物の頭(脳)に相当する」ことが突き止められたのだ。
古川准教授は、そのときの驚きをこう語る。「体のほとんどが頭なら、変態の過程はまさに『脳の発生モデル』になります。幼生から成体になるときに脳を作っているようなイメージです。発生と病理は表裏一体なので、そこがつながっていると思いました」
こうしたメカニズムの詳細が解明されれば、将来、神経変性疾患の治療といった研究に役立つ可能性がある。
古川准教授らのグループの快進撃は止まらない。2025年には、またもや生命科学の教科書を書き換える「血小板の祖先」の発見を発表し、大きな話題を呼んだ。
血液を固める「血小板」は、核を持たない細胞の断片であり、これまでは「哺乳類だけの特権(高度に進化したシステム)」であるとされてきた。無脊椎動物であるヒトデに、そんなものがあるはずがない――それがこれまでの世界の常識だった。
ところが古川准教授のグループは、その「血小板」の祖先と考えられる細胞をヒトデの体内で発見。これまで哺乳類特有と考えられてきた「核を持たない血小板」がヒトデにも存在し、免疫と止血に貢献していることを明らかにした。研究室の学生の「失敗(に見えた現象)」を徹底的に疑い、突き詰めたという。
19世紀の博物学者ルイ・アガシーは「書物ではなく、自然に学べ(Study nature, not books)」という言葉を残した。米ウッズホール海洋研究所の図書館に掲げられているこの言葉を、古川准教授は学生たちと研究を続ける上で大切にしている。
「アガシーの言葉は、権威を無条件に信じて従うな、ということだと思います。勉強は大事だけど、本に書いてあることが常に正しいとは限らないし、科学の発展は教科書の書き換えの歴史ですから」
■競争相手のいない「宝の山」 プラモ好きから研究者へ
ヒトデを「相棒」とする古川准教授だが、研究対象にしたのは偶然だった。
漠然と研究者に憧れていた子ども時代。唯一合格した慶應義塾大学には当時生物学科がなかった。やる気をなくし、プロをめざしてバンド活動に明け暮れ、留年を繰り返した。
だが、それが幸いし、新設された生命情報学科へ進む道が開ける。優秀な同期と普通に勝負しても勝てないと考えた古川准教授は、あえて「一番やりたくないテーマ」を同期に聞いて回り、当時不人気だったヒトデを研究対象に選んだ。
研究を始めて1年後、1908年にノーベル生理学・医学賞を受賞したロシアの動物学者イリヤ・メチニコフが、ヒトデを用いた研究で初めて食細胞(免疫細胞)を発見したことを知る。メチニコフ以降、世界でほぼ誰も手をつけていなかったヒトデは、古川准教授の目には、競争相手のいない「宝の山」に映った。
学生時代に1年以上かけ、免疫に関わる遺伝子の一部を初めて突き止めた瞬間を、いまも鮮明に覚えている。「この配列を世界で俺だけが知っている。そう思うと鳥肌が立ちました。一晩は誰にも言わずにその時間を独り占めしました。その麻薬的な喜びを一度味わうと、研究者はやめられません」
ここまで生物学を深めていると、よほど生き物が好きなのでは、と思いきや、実は、生き物自体が好き、ということではない。心引かれたのは、そのメカニズムだった。
「もともとプラモデルや模型が好きでしたが、その中でも生き物っぽく動くものってあるじゃないですか。でも、生き物っぽく動いていても、生き物ではない。生き物と、生き物ではないものの差はどこにあるのか。昔からそこにすごく興味があったんです」
生き物と生き物ではないものの差、そして、自己と非自己の違いはどこにあるのか。こうした生物学の枠を超えた探求は、哲学の研究者らを巻き込んだ共同プロジェクトへと発展しつつある。さらに古川准教授は、心理学やSNSのネットワークといった社会科学分野への応用も考えている。
「SNSのクラスターで仲間になれる・なれないという現象も、集団における自己・非自己の問題と言えます。生き物から見えてくる『自己』の境界は驚くほどあいまいですが、それでも調和を保ちながら存在し続けています。日々変わりながらも変わらない自分でい続ける。そんなあいまいさを、あいまいなままで社会科学の領域へも広げていけたら、おもしろそうだなあと思います」
そして、生物学研究における今後の展望として、古川准教授は、より多様な生物を対象とする研究者が増えることに期待している。
「現在、地球上に存在する生き物は、数千万から数億種ぐらいと言われています。そのうち名前がついている生き物は300万種もいない。いまの生命科学の知見は、おそらく20種ほどの『モデル生物』で得られたものに過ぎません。まだ研究されていない生き物に、宝の山が眠っていると思います」
効率性やコスパ、タイパに重きを置く現代社会だが、古川准教授が学生たちに最も伝えたいのは、「無駄や冗長性を愛することの大切さ」だ。
「生き物のシステムは非常に冗長で、無駄が多いんです。効率を求めすぎると硬直したシステムになってしまい、むしろ無駄(冗長性)があるからこそ、生き物はしなやかで頑健(ロバスト)でいられるのです。いまどきの学生はコスパやタイパを重視しがちですが、むしろ無駄をたくさん抱え込むほうが、将来的に強くなれるはず。だから勉強だけでなく、遊びなどの無駄も大事だよ、というメッセージを伝えています」
構成:朝日新聞GLOBE+編集長 玉川透
取材・文:澤木香織
写真:品田裕美