慶應義塾
Keio FUTURE

〈「AI」×「イノベーションエコシステム」:社会実装と未来創造の視点〉

「優しいBMI」がひらく未来 脳の回復力を信じ、テクノロジーで人が持つ力を引き出す

公開日:2026.07.10

脳卒中やALS(筋萎縮性側索硬化症)などで身体が動かなくなったとき、障がいや年齢を問わず、頭の中で思い描くイメージを「AI」が読み取って機械を動かす――。そんなSFのような技術、ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)が現実のものとなっています。慶應義塾大学理工学部生命情報学科の牛場潤一教授は、この技術を単なる道具としてではなく、脳の「可塑(かそ)性」、しなやかな力を引き出し、失われた機能の回復を促すリハビリテーションへと昇華させました。「気持ちに寄り添う優しいテクノロジー」という哲学のもと、脳と機械をつなぎ、重度障害者の社会参加と身体の壁を越える希望を創造する、IoB (Internet of Brains)インターフェース研究。「AI」と「イノベーションエコシステム」の未来を考える【前編】は、その最前線に迫ります。

プロフィール

牛場 潤一(うしば・じゅんいち)

教員・研究者/慶應義塾大学 理工学部生命情報学科 教授

2001年3月に慶應義塾大学理工学部物理情報学科卒業。2002年9月、慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程基礎理工学専攻修了。2004年3月、慶應義塾大学大学院理工学研究科博士課程基礎理工学専攻修了、博士(工学)。同年、慶應義塾大学理工学部生命情報学科に助手として着任。2007年に同専任講師、2012年に同准教授を経て、2022年から現職。2014年4月~2019年3月に慶應義塾大学基礎科学・基盤工学インスティテュート(KiPAS)主任研究員。2019年から研究成果活用企業LIFESCAPES株式会社(旧Connect株式会社)代表取締役社長を兼務。共著書に『バイオサイバネティクス 生理学から制御工学へ』(コロナ社)。The BCI Research Award 2019, 2017, 2013, 2012, 2010 Top 10-12 Nominees、文部科学省「平成27年度若手科学者賞(ブレインマシンインターフェースによる神経医療研究)」ほか、受賞多数。

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〈「AI」×「イノベーションエコシステム」:社会実装と未来創造の視点〉

「優しいBMI」がひらく未来 脳の回復力を信じ、テクノロジーで人が持つ力を引き出す

公開日:2026.07.10

脳卒中やALS(筋萎縮性側索硬化症)などで身体が動かなくなったとき、障がいや年齢を問わず、頭の中で思い描くイメージを「AI」が読み取って機械を動かす――。そんなSFのような技術、ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)が現実のものとなっています。慶應義塾大学理工学部生命情報学科の牛場潤一教授は、この技術を単なる道具としてではなく、脳の「可塑(かそ)性」、しなやかな力を引き出し、失われた機能の回復を促すリハビリテーションへと昇華させました。「気持ちに寄り添う優しいテクノロジー」という哲学のもと、脳と機械をつなぎ、重度障害者の社会参加と身体の壁を越える希望を創造する、IoB (Internet of Brains)インターフェース研究。「AI」と「イノベーションエコシステム」の未来を考える【前編】は、その最前線に迫ります。

プロフィール

牛場 潤一(うしば・じゅんいち)

教員・研究者/慶應義塾大学 理工学部生命情報学科 教授

2001年3月に慶應義塾大学理工学部物理情報学科卒業。2002年9月、慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程基礎理工学専攻修了。2004年3月、慶應義塾大学大学院理工学研究科博士課程基礎理工学専攻修了、博士(工学)。同年、慶應義塾大学理工学部生命情報学科に助手として着任。2007年に同専任講師、2012年に同准教授を経て、2022年から現職。2014年4月~2019年3月に慶應義塾大学基礎科学・基盤工学インスティテュート(KiPAS)主任研究員。2019年から研究成果活用企業LIFESCAPES株式会社(旧Connect株式会社)代表取締役社長を兼務。共著書に『バイオサイバネティクス 生理学から制御工学へ』(コロナ社)。The BCI Research Award 2019, 2017, 2013, 2012, 2010 Top 10-12 Nominees、文部科学省「平成27年度若手科学者賞(ブレインマシンインターフェースによる神経医療研究)」ほか、受賞多数。

■脳は新しいネットワークを作り直せる

ある日、脳卒中で倒れ、身体に重度のまひが残ったら――。医療の現場では長く「脳細胞は一度壊れたら終わり。失われた機能は元には戻らない」が常識だった。

「本当にそうだろうか?」。その疑問を出発点に、脳の仕組みを情報工学の視点からとらえ直し、やがてBMIを用いたリハビリ装置の開発へとつなげていったのが、牛場教授だ。

BMIのイメージ(gorodenkoff / iStock / Getty Images Plus) 頭部に装着したセンサーで脳波を読み取るイメージ

BMIとは、簡単にいうと「こうしたい」と頭の中でイメージしただけでその通りに身体や機械を動かせる技術のこと。頭部に装着したセンサーで脳波を読み取り、外部機器や身体運動の動きに結びつける。たとえば、脳卒中で手指にまひが残った人は、運動を意図したときに現れる脳波に反応して指が動く。

ここまでなら、BMIは失われた身体機能を補う代替技術にすぎない。だが牛場教授は、BMIを脳の学び直しを支える環境としてとらえた。壊れた脳細胞そのものは戻らなくても、脳が身体を動かすための別の神経ネットワークを作り直せるのでは、と考えたのだ。

脳波は、指紋のように一人ひとり異なる。牛場教授は、その微妙な違いもコンピューターが瞬時に解析し、運動の意図として適切な信号が出たときにだけ装置が反応する仕組みを作った。

正しい脳の使い方をしたときだけ、指が動く。それ以外は、動かない。この厳密なフィードバックを繰り返すことで、脳は「この神経ネットワークを使えば指が動く」と学習し、新たな運動の回路として定着させる。牛場教授はこのプロセスを臨床の現場で検証し、機能の改善や回復が見られることを示した。

脳には新しいネットワークを作り直せる「可塑性」があり、それがリハビリ治療に有効であることを示す一連の論文を2010年代に発表すると、国際的な注目を集めた。BMIをリハビリに用いるという発想も臨床の結果も、それまで想定されていなかったからだ。

■直感を信じ、リハビリ装置を社会実装へ

成果だけを見ると、BMIは魔法の杖のように感じられるが、杖を作る側に求められるのは誠実で堅実な研究の積み上げだ。

牛場教授

まず、理工学部の学生でありつつ医学部の研究室で学びたいと申し出た。医学部の教員から課された解剖学の試験で結果を出し、臨床の現場に居場所を得た。脳や疾患、患者の生活や尊厳を理解せずに技術を語れないと考え、大学院では可能な限り医学部の講義を履修した。

やがて、医学部と共同で神経生理学の実験をするようになり、健常者の運動と脳波の相関データを地道に蓄積。脳の反応をリアルタイムで解析するAIプログラムを開発した。

転機は、BMIを用いた臨床研究で訪れる。博士課程を終え、理工学部の助手として研究室で学生の指導に当たっていた20代終わり頃、共に研究する学生が困った表情で話しかけてきた。

「リハビリ中の患者さんが『手を動かそう』と念じると、脳波だけでなく、止まっていたはずの筋肉からも反応する信号が出てしまいます。ノイズ(邪魔な信号)が多いから、いっそ筋肉の信号を使って機械が指を動かせるように、プログラムを変えませんか?」

その瞬間、牛場教授に衝撃が走った。

「それはノイズじゃない! 治らなかった人の脳が、機械を介して自分の筋肉を動かせるまでに『再配線』されたってことじゃないか!」

ずっと信じてきた脳の可塑性に関する自分の直感。「そのプロセスを共有できたことで、仲間が増えていく流れを実感しました」

産学連携で社会実装に向けた準備を進めたが、2008年に起きたリーマン・ショックの影響で事業は白紙に。「成果が死蔵されるのは、研究に協力してくれた患者さんに申し訳ない」と、2018年に大学発のスタートアップとして「Connect(現LIFESCAPES)」を起業した。

一般医療者でも扱えるBMIシステムを設計し、臨床エビデンスを積み重ねた結果、脳卒中治療ガイドラインにおいてBMIを用いた訓練の有用性が2021年に取り上げられ、2023年にはBMIの手指の機能回復の有効性について高い評価を受けた。

「製品が自分の手を離れて、他の人が使っても我々と同じような再現性で患者さんを治せるかが大きな挑戦だった」というが、世に出したことで、研究を次の段階へ進める新たな可能性も見えた。

「脊髄(せきずい)損傷に効果があった、小児まひが治った、などのうれしい報告がありました。研究を誠実に粘り強くやっていけば、必ず未来に進める。科学は希望であり、力だと感じました」

牛場教授

■人工尻尾の研究で見えたこと

BMIリハビリ装置とは別に、2014年から19年にかけて牛場教授が取り組んだのが、人工尻尾の研究だ。基礎学問的な研究分野において、専任教員の中から選抜された主任研究員に、研究に没頭できる環境を提供する理工学部独自の制度「KiPAS」を活用して5年間、自由な発想で研究に没頭した。

「本来持っていない身体部位であっても、脳は自分の身体として認識し、適応できるか。科学の挑戦でした」

BMIで動く尻尾を装着した複数の参加者が同じ空間で生活し、試行錯誤を重ねながら尻尾を使いこなしていく。その過程で、個人が取得した制御方法がどのように他者へ伝わり、集団の中で共有、成熟していくのかを観察した。

牛場教授はこの実験を、ピアノ演奏やバレエのような後天的に取得される高度な身体技能の伝播(でんぱ)になぞらえる。人工尻尾の研究は、人間の学習と伝達の仕組みを、BMIという道具を通して探る試みでもあった。

実験では、適応の速度や質に個人差があった。「試行錯誤を前向きに受け入れる人ほど習得が早く、慎重な人ほど時間がかかったんです」。意思や実験に臨む姿勢もまた、脳の適応に影響していた。

2020年からは、内閣府のムーンショット型研究開発事業に参画。牛場教授が携わるInternet of Brains(IoB)プロジェクトでは、BMIとAIを組み合わせ、身体や認知の制約を超える技術の可能性を探る。頭部の手術が不要な「非侵襲型」BMIを日常で使える形にするため、ヘッドホン型のワイヤレス脳波計を開発し、メタバース空間でのアバター操作にも応用した。

牛場教授が開発したヘッドホン型のワイヤレス脳波計。頭部の手術が不要な「非侵襲型」BMIを日常で使えるようにする研究を進めている

2022年にeスポーツイベント「BMIブレインピック2022」を東京・渋谷で開催し、障がいや年齢を超えて脳波でアバターなどを操作する体験を提供。2025年の大阪・関西万博でも同様の出展を行った。

世界的にBMIの開発競争が加速する中、2024年には、脳にチップを埋め込む侵襲型BMIが臨床試験として初めて人に施され、大きな注目を集めた。一方で牛場教授は、手術不要で着脱できる非侵襲型BMIの開発に一貫して取り組んでいる。

「BMIリハビリ装置を使ったニューロフィードバック(※)で、脳が本来持っている能力を引き出し、最終的にはBMIのない、生身の脳がより健やかに働く状態にすることが目標です」。人が自分の力を取り戻すためのサポートとしてBMIを使うという考え方だ。

(※「ニューロフィードバック」:脳波計などで脳の活動をリアルタイムで測定し、その信号などを確認しながら、脳の活動を学習していく治療)

■脳が宿す生命力をいかに引き出すか

「脳の可能性は相当高い。でも、その力をどうすれば十分に引き出せるのかを、まだ僕らが気づいていないだけです。AIを使えば、『脳が経験によって機能を書き換える』能力をもっと引き出せるはず」。これは牛場教授の研究の原点であり、ずっと変わらない。

AIやBMIといった人工的な生成物を、人の暮らしや自然の循環にどう調和させるか。人もまた、自然の中にある大きな循環の一部といえる。

「自然界の理(ことわり)の全てが科学であり、人の手仕事で生み出されるものがアート」と牛場教授。研究者は科学から新しいテクノロジーを生み出し、アーティストはデザインの力を借りて工芸品などを生み出す。

「アートは見る人の心を豊かにしますし、作品を通して作家がとらえた世界観を追体験することで、次に何かを見たときの心の動き方が変わります。アートから学ぶことはたくさんあります」

アートの書籍『All about Saul Leiter』と『Color Fields』。「作品を通して作家の世界観を追体験することで、心の動き方が変わる」

一方、毎朝の日課というランニングでは、花の香りや木々の葉の色などから季節のうつろいを感じとる。「いつも通る場所でも新しい景色に気づくことがあるし、花は枯れても翌年また咲く。自然の中で『Reborn』(再生)していくものを実感できます」

自然の営みは、人間の脳に通じる。人は傷ついても再び適応し、回復する力を持っている。

「僕が作りたいのは、自分の心と身体を最大限、自分らしく使って、ささやかな日常や人とのつながりをもう一度取り戻すためのテクノロジーです」。脳が宿す生命力をいかに引き出すか。それを考える際にパッション(情熱)が湧いてくると、牛場教授は言う。

パッションに突き動かされ、文系・理系に関係なく互いに学び合い、本質的な物事を明らかにする。その考え方は科学にもアートにも共通する。

「学ぶことで人は熱くなれるし、学ぶ場所である大学の体温はもっと上がるはず。それは僕が芸術家の仲間から学び、経営に携わる中でも感じたことで、総合大学の使命であり、可能性だと思っています」



構成:朝日新聞GLOBE+編集長 玉川透

取材・文:渡部麻衣子

写真:品田裕美

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